私たちはつねに、固有の「フィルターの枠」と固有のスケール(ものさし)を組み合わせて、ものごとの判断・評価をします。今回は、その「スケール」(ものさし)についてお話ししたいと思います。スケールとは、言いかえれば「枠の大きさ」です。
私たちは、ものごとを評価するときには、何らかのスケールで判断を行います。例えば身長を測定するときには、まさに身長計のスケールによって○○cmという身長を知るわけです。
身長計のような、だれが見ても同じスケールを使って判断すれば、人による認識が異なる可能性はほとんどありません。ところが、私たちが日常コミュニケーションで用いるさまざまな判断は、すべてがこうした客観的な同一のスケール(判断基準)で行われるわけではないので、往々にしてコミュニケーション上のギャップが生じるのです。
図1を見てください。一つの事象を、異なる人間が見る場合、それぞれが持つ固有のフィルターを通して見ているため、認識の違いが生じます。そのメカニズムを示したものです。
具体例を見てみましょう。一番わかりやすいのは「金銭感覚」でしょう。
「懇親会費5000円」を安いと思うか高いと思うかは、その人がそれまでの育ちや経験から暗黙のうちに持っている「相場観」から判断することになりますが、この「相場観」というものが、ここでいうフィルターの枠の位置づけ(相対的な位置と大きさ)ということになります。
あるいは似たようなものとしては、「時間感覚」も挙げられるでしょう。「時間感覚」は「金銭感覚」ほど日常生活で意識されていませんが、「時間」は複数の人の間で共有される場面がお金以上に多いため、さまざまな形でコミュニケーションギャップを引き起こしています。ところが実際には、「時間感覚」を意識していないがゆえに、これがコミュニケーションギャップの原因になっていることに気づかない場面が多いのです。
例えば、忙しい人は「時間感覚」が研ぎ澄まされているために、10分なら10分の価値をヒマな人以上に「大きい」と考えています。だから、同じような10分を過ごしても、一人は「貴重だった」と感じ、他方は「ムダだった」と感じてしまうようなことが起きるわけです。
それでも、「お金」や「時間」については、「円」や「分」という絶対的な表現方法があるために、まだこのギャップに気づきやすい面があるかも知れません。じつは私たちの身の回りの判断基準のほとんどには、こうした絶対的な尺度が存在していません。例を挙げれば、「技術色が強い(弱い)」とか「センスが良い(悪い)」、あるいは「部屋が片付いている(いない)」などには絶対的な尺度がなく、人によってスケール(判断基準)がまったく異なります。
ある人にとっての「大事(おおごと)」が、別の人にとっては「たいしたことではない」と思えるということがよくあります。往々にして、「本当のすごさ」を知らない(つまりスケールが下側に偏っている)人は、物事を大げさに言う傾向があります。
例えば技術のことをよく知らない営業マンが商談で「めちゃくちゃ難しい話をしなければならない」と、社内の技術者に同行してもらったら、その技術者にとっては「入門書を斜め読みすればついていかれる程度の話だった」などということもあるでしょう。
あるいは、普段きれいなオフィスで「きれいな仕事」ばかりしている人は、ほんの少し現場の仕事などをかじると、「いまの仕事って泥臭くてさあ……」などと友人に愚痴ったりします。
本当に忙しい人は「忙しい」とは言わないし、本当に「大変な」仕事をしている人は「大変だ」とは言わないものです。何事も中途半端な人ほど、ちょっと大きなものに対して(その人にとってのメーターが振り切れてしまうので)大騒ぎするような気がするのは、こうしたメカニズムのせいではないでしょうか。
以上の話を象の「鼻としっぽ」にあてはめて見れば、象のある部分を見たときに、人によって認識している「象の全体像」が違うがゆえに、その部分が「体のどこにあるのか」も異なった形で認識されてしまうということになります(図2)。
象のどこをどういう尺度で見ているのか。コミュニケーションをうまく図るためには、まず、その認識を合わせなければなりません。
第15回 大小が逆転するメカニズム
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