前回、野菜の「下焼き」の楽しさについて書いたが、野菜を焼くと言えば、なんといっても「なす」だろう。今はまさに秋なすの旬。どんどん焼いて、いろいろな焼きなすレシピを作りたい。
焼きなすはいかにも和食という感じがして、しょうがなどをのせて食べるイメージがあるが、実はトルコでもなすを焼く。トルコ料理は、世界三大料理のひとつであり、ギリシアやイタリアなど地中海料理にもアラブの料理にもつながっているので、それらの地域にもポツポツと焼きなす料理があるのである。
トルコでは、なすの「おしり」にフォークをプツッと刺し、ひとつずつそのまま直火で炙(あぶ)る。このやり方は、なすの焼け具合をつきっきりで見なければならず、そのうえフォークがだんだん熱くなってきて、素手で持つのがつらくなる。ナスを焼いている間は他の作業ができず、効率が悪い、当然ガス代もよけいにかかる。しかも、トルコの焼きなす料理はなすをたくさん使うので、時間も手間も随分かかる。
トルコ人は本当にそんな焼き方をしているのだろうか。
私は、トルコ料理の本でそうやってなすを焼いている写真を見ているし、トルコ人の友人が目の前で実際にやっているのも目撃している。やはり揺るぎない事実なのだ。
私は日本人なので、焼き網か、魚焼きグリルか、オーブントースターかオーブンでなすを焼く。
ガスの直火あるいは魚焼きグリルで焼いたほうが、しっとりと柔らかく、また香ばしさもあって色鮮やか。格段においしいものができる。しかし、つきっきりで見ていないと、焼けすぎてしまうことがある。忙しくてそんな余裕がない場合は、トースターやオーブンを使ってもよい。
トースターなら上下火の最大の出力で、15分ぐらいだろうか。オーブンも230〜250℃の高めの温度に予熱しておいて、15〜20分ぐらい。焼くときは串でなすに穴をあけておかないと破裂するので、要注意。
焼けたら皮をむく。日本では、熱々のまま、やけどをしないように手を冷たいに水に浸けながらむくことになっているが、私はこの方法に抵抗がある。
和食の世界には苦行(くぎょう)めいたところがある。心頭滅却(しんとうめっきゃく)すれば火もまた涼し、みたいな感じで、要は、熱いのを我慢してなすの皮をむけ! ということ。
むかなくていいよ。熱いんだから。なんだか不快な精神論だと思う。そこには、煮えたてんぷら油を調理場の新人のむき出しのふくらはぎにこっそりかけたり(しかもそれで、客の前で「熱いっ」と反応してしまったらまたあとで殴られる。実話です)、業務用冷蔵庫のなかに連れ込んで殴ったりなんていう、かつての(と一応書いておこう)日本の料理修行の負の部分につながる「何か」がある気がする。
イタリアのシチリアでは、ナスが焼けたら、紙袋にいれておくのだという。実際にやってみると、紙が水分を吸収しつつ、ほどよく蒸(む)れ、手でなすがさわれる温度になったころには、すこぶる皮がむきやすくなっている。これを知ってしまったら、焼きなす作りに紙袋は手放せない。
なお、紙袋のかわりにビニール袋を使うと蒸れすぎて、べちゃっとなって形が崩れるので要注意(検証済み)。
今回は、焼きなすを使ったトルコ料理を紹介しよう。トルコの超定番家庭料理「パトゥルジャン サラタス」。「なすのサラダ」である。この料理は『ウケる一皿』という本で紹介済みだが、その後、微妙に進化しているので(というか、このレシピを教えてくれたトルコ人の友人のレシピが、会うたびに少しずつ進化しているのだ)、ここで改めて紹介したい。
見た目はペースト状で、日本人がイメージするサラダとは随分違い、いわゆるディップの類(たぐい)に見える。最大のポイントは器に入れた焼きなすを、フォークの背でつぶすこと。包丁を使ったり、ミキサーを使ったりするより格段においしい。フォークで焼き、フォークでつぶす。実は、これはフォークだけでできてしまう料理なのだ。ここに、トルコにおいてフォークでなすを焼く伝統がすたれない本当の理由がある気がする。
完成した「パトゥルジャン サラタス」を口に含めば、焼きなすの香ばしさとオリーブオイルの味わい、ニンニクの風味、レモンの酸味がぴたりと一体化して、思わずうなってしまう絶妙な味わい。フランスにも見た目がよく似た「なすのサラダ」があるが、皮をむいて炒めたナスをミキサーでペースト状にして生クリームなどを混ぜたもので、トルコバージョンのほうがはるかにセンスがいい。
特筆すべきは、焼きなすと油、特にオリーブオイルとの相性の良さ。すっきりとした味わいの焼きなすにコクがぐっと加わる。この変化を覚えておけば、いわゆる日本人が想像するところの、焼きなすのイメージをくつがえすレシピがいろいろ作れるはずだ。
焼きなすとオリーブオイルの組み合わせに、ごまペーストなどを加えるとアラブ風になるし、アンチョビなどを加えれば、イタリアンな雰囲気になる。このコラムの最後に、私がウェブにのせている焼きなすレシピをいくつかリンクしたので、参考にしてほしい。
焼きなすは魚とも相性がよい。今なら旬のさんまとあわせてマリネにするのがうまい。その他、いわしやあじなどの青魚でも、鯛(たい)などの白身魚でも合うし、うなぎの白焼きとも相性抜群だ。うなぎの香ばしさとたっぷりの脂(あぶら)とが、焼きなすと呼応するのだろう。脂といえば、フォアグラやあんきもと一緒にしても、こってりした脂にさわやかさが加わっていい感じである。
そんなふうに、トルコ風焼きなす料理は、かつてのオスマン=トルコ帝国の拡大のごとく、ヨーロッパからアラブ世界まで、大きな広がりを見せてゆくのである。
最後に、私がもっとも好きな焼きなす料理を。
ナンバーワンはやっぱり、みょうがやしょうがをのせた「焼きなすのみそ汁」。旬を迎えたこの季節、焼きなすは、薬味を効かせて、すきっと粋に食べたいものですね。
パトルジャン サラタス
材料(3~4人分)
- 焼きなす......5個200ml
- レモン......小さじ2
- オリーブオイル......大さじ2~3
- 塩......小さじ1/4程度
- おろしにんにく......1/2~1片分
*ヨーグルト大さじ2程度を入れるとぐっとコクが出る。私に初めてこの料理を教えてくれたトルコ人の実家では、ヨーグルトを入れるときはにんにくを入れないという。
作り方
- 焼きなすを作り、手で細かく裂き、器に入れてフォークの背でペースト状になるまで潰す。
- 残りの材料を加えてよく混ぜて完成。
さんまと焼きなすのマリネ
材料(3~4人分)
- 焼きなす......2個
- さんま(刺身用)......2尾
《さんまマリネ用調味料》
- オリーブオイル......大さじ2
- 塩......小さじ1/8
- レモン汁......大さじ1
《焼きなす用調味料》
- おろししょうが......少々
- オリーブオイル......大さじ1
- 塩......小さじ1/8
- レモン汁......大さじ1
作り方
- さんまは三枚におろし、腹骨をすきとり、小骨を取る。
- バットに並べて、マリネ用の、塩小さじ1/8程度を裏表にふり、さらにレモン汁、オリーブオイルをかけて、冷蔵庫に入れておく。
- 焼きなすを作り、さいの目に切ってボールなどに入れ、塩とレモン、オリーブオイル、しょうがを加えて混ぜる。粗熱が取れたら冷蔵庫に入れる。
- 2のさんまの皮をむき、なすと同じぐらいの大きさに切り冷蔵庫に入れておく。
- 3のなすが完全に冷めたら、さんまと焼きなすを混ぜ合わせて完成。