「ものみなカレーで終わる」と思っている。
例えば大量のポトフを作ると、2日目、それにブラウンルーやワインを入れてシチューになる。3日目はスパイスを投入してカレー、という具合。
カレーにしてしまえば数日はもつ。あるいは鍋ものをするとき、最初は水炊き、翌日はトマト水煮を入れてイタリアン鍋。3日目はカレー鍋だ。
撮影のために、うどんをたくさんゆでなければならかったとき。もちろん最初は釜揚げで食べる。翌日は焼うどん。3日目、カレーのなかで煮込む。
多少味が落ちていても、雑多な素材が混じり合っていても、カレーならなんとかなる。「最後は俺に任せろ」という風情で、あらゆる料理の背後にカレーが控えている感じだ。
というわけで、大量の鹿肉も、やっぱり最後は保存のきくカレーで終わるのだ。とりあえず赤ワインに漬けて数日保存していた鹿肉を取り出し、肉の堅く筋っぽい場所はフードプロセッサーでペースト状にし、冷蔵庫に余っていた栗とイチジクを加えて、スパイスたっぷりのカレー風味の保存食に。柔らかそうな部分は本格的な鹿カレーにした。
実は鹿のカレーには、忘れがたい思い出がある。私がカレーのおいしさに開眼したのは、スリランカ南部の田舎の集落で鹿のカレーを食べたのがきっかけだった。
大学時代、もう20年近く前のことだ。岩に刻まれた磨崖仏(まがいぶつ)を見る途中で、昼食にバナナの葉を皿代わりにして、あるカレーを一口食べた。肉をひと口ほおばった瞬間、その肉のうまさに驚いた同時に、猛烈な辛さが体を襲った。辛いというより「痛い」に近い。こしょうと赤唐辛子と青唐辛子の辛さが渾然一体(こんぜんいったい)となった、これまで経験したことない強烈な刺激。一瞬、周囲の音が聞こえなくなり、目もかすんだ気がした。
そして、なにやら全身が膜に包まれたような感じが続いて、どっと汗が噴き出すと同時にその膜は消え、今度は視界が澄みわたって、緑の木々が美しく見え、風の音や鳥の声が脳に直接響いてくるように感じたのだ。
まるでちょっとした「トリップ体験」のようだった。その状態のまま、ジャングルの中に切り立つ崖に彫られた千年以上前の磨崖仏を見たら、緑に包まれた仏様が目の前に迫ってくるようで、思わずその場で出家しそうになったほど。そしてそこを離れると、今度は母子連れの野生の象がいた。子象が灌木(かんぼく)の葉を食べるサワサワという音が、耳にビンビン響き、私は恍惚(こうこつ)とした。
そしてそれ以降、私は辛さを克服し、現地のカレーになじめるようになったのだ。
今回のカレーは、その印象深い味を再現したものだ。ただし、読者の健康を考えてかなり辛さを控えめにしてある。
ひと口食べると、以前のように「トリップ」はできなかったものの、子象たちが葉を食べるサワサワという音を久しぶりに思い出し、懐かしい気持ちになった。
鹿肉カレー
材料(3~4人分)
- 鹿肉......600g
*今回は赤ワイン漬けを使ったがそのままでもいい
- 玉ねぎ......2個
- 塩......小さじ11/2
- シナモンスティック......半本
- クローブ......4粒
- カルダモン......4粒
- 黒こしょう......10粒
- クミン......小さじ1
- フェネグリーク......小さじ1
- チリペッパー......小さじ1
- 青唐辛子......1本
- タマリンド......小さじ1
- ココナッツミルク......400cc
- 水......400cc
- サラダ油......小さじ1
作り方
- 玉ねぎ、青唐辛子はみじん切りにする。スパイス類はすり鉢に入れて擂粉木(すりこぎ)で細かく砕く。ミキサーやミルサーで細かくしてもよい。
- 鹿肉は4cm角に切り、塩小さじ1をまぶす。
- フライパンにサラダ油を入れて中火にかけ、鹿肉を入れてすべての面を焼く。
- 鹿肉を煮込み用の鍋に移す。3のフライパンに玉ねぎのみじん切りを入れ、弱火で30分、玉ねぎが茶色くなるまで炒める。
- 炒めた玉ねぎと砕いたスパイス類、青唐辛子を煮込み用の鍋に入れ、ココナッツミルクと水、残りの塩を加えて中火にかける。沸騰したら弱火にし、1時間半ほど煮込んで完成。
*このレシピは辛さはかなり控えめにしてある。当時の辛さを再現するなら、青唐辛子も、チリペッパーも大量に入れるとよい。しかしどうなっても、私は責任をとれない。
*写真の米は、スリランカの庶民の味である赤米を使った。
鹿肉のカレー風パテ
材料(3~4人分)
- 鹿肉(今回は赤ワイン漬けを使ったがそのままでもいい)......600g
- 玉ねぎ......1/2個
- イチジク......3個
- 栗(ゆでて皮を取り除きペースト状にする)......100g
- ニンニク......1片
- ショウガ......親指大ひとかけ
- 塩......小さじ11/2
- カルダモン......3粒
- ターメリック(粉末)小さじ1/2
- 黒こしょう......少々
- クミン(粉末)......小さじ1
- コリアンダー(粉末)......大さじ1
- ジュニパーベリー......3粒
- 唐辛子......1本
- タマリンド......小さじ2
- はちみつ......大さじ1
- バター......大さじ1
- オリーブオイル......大さじ1
作り方
- 皮をむいた玉ねぎ、イチジク、にんにく、ショウガ、種を取った唐辛子を乱切りにし、バターとオリーブオイルを除く他のすべての材料とともにフードプロセッサーにかけてペースト状にする。
- フライパンにバターとオリーブオイルを入れて弱めの中火にかけ、1を加え、肉に完全に火が通るまで炒める。
- 容器に詰め、保存するなら上から溶かしバター(分量外)で覆う.ピタパンやナンなどにつけて食べると美味。
*今回は赤ワイン漬けを使ったがそのままでもいい
*このレシピは辛さはかなり控えめにしてある。当時の辛さを再現するなら、青唐辛子も、チリペッパーも大量に入れるとよい。しかしどうなっても、私は責任をとれない。
*写真の米は、スリランカの庶民の味である赤米を使った。