9冊め 「確率」の本当の使い方を教えてくれる『確率論的思考』

確率論的思考

天気予報を一度でも見たことがある人は、「降水確率」という言葉を知っていると思う。
白か黒か、晴れか雨か、などと完璧に予測することが不可能な天気という現象には、確率という考えが一番なじむ。

しかし、確率という考え方は、なかなか理解されていないようだ。
講演会などで、天気についていろいろと質問を受けたりするのだが、「降水確率」は「雨が降る面積」のことだ、と思っている人がいたりする。それは極端な例としても、「降水確率30%のときは、傘を持っていけばいいですか?」などと聞かれることも多い。こちらとしては、それが断言できないから、確率で示しているのだが。

それはともかく、確率を扱っているということで、関係が深い天気のことも書いてあるかと思い、手に取ったのが、この『確率論的思考』という本だ。
中を読むと、残念ながら天気のことは書いていなかったが、非常に面白かった。

まず、いかに人間が確率をもちいた思考を苦手としているか、それがよくわかる。

裏表のあるコインを投げて、裏・裏・裏・裏と出たとき、次には何が出ると思うだろうか。
本当は、当たり前だが、表も裏も同じ50%の確率で出る。
しかし人間は、どうしても「裏が4回も出たのだから、そろそろ表が出るだろう」などと思ってしまう。
脳のつくりからして、そういう風にできているらしい。

今の人類は、15万~20万年前に現れた。
原始時代、ヒトは、たとえば毒ヘビがいる草むらがあったとすると、その草むらがガサガサと鳴ったとき、すぐ逃げた。
少しでもヘビである可能性があれば、ヘビだと完全に確認できなくても逃げる。つまり、草むらが鳴ったらヘビがいる、と単純化、パターン化して考えていた。その方が生き残るのに好都合だったのである。

そのあと現代に至るまで、人間の脳は基本的に進化していないそうだ。つまり、人間には、「これはこれだ」「こういうときはこうなる」と決めつける紋切り型の思考、すぐに単純化、パターン化して考える原始時代の思考法が、生まれながらにして刷り込まれているのだ。

僕の経験からいっても、天気予報は本来、白黒はっきりつけるようなことはできないものなのに、二者択一にして答えを求めてくる人が多いのは、そういう理由からなのだと納得した。

しかし、実際は、世の中に二者択一などというものはほとんどない。グラデーションのように、境目のない、多様なものだ。それなのに、なんでも○か×か、白か黒か、などと考えていると、視野が狭くなってバイアスがかかりやすくなる。それで失敗した人や国の例は多い。民主主義の良いところは、そういった多様性を許容するところだと思う。

また、この本のなかで面白いのは、あることに「成功」する人はたくさんいるが、その「成功」は実力でもなんでもなく「偶然」によるものだ、と書いてあるところだ。偶然ではなく自分の力で成功したと多くの人は勘違いをする。そのため、「成功」が原因で、致命的な大失敗をしてしまうことも少なくない。だから本当に気をつけなければいけないのは、「失敗」ではなく「成功」なのだ。
そして、そのことを知っている人が、本当に成功して歴史に名を残せる。

織田信長は桶狭間(おけはざま)の戦いで、少ない軍勢で今川義元の大軍を破ったが、その大成功は自分の能力でなく「偶然」によるものだと、きちんと認識していた。だから、それ以降は戦争をするときも、桶狭間のようなバクチは絶対にせず、相手を圧倒する大軍を集めるなどして周到に準備をし、「勝てる戦い」しかしなかった。

第二次世界大戦のときのアメリカ軍のエピソードも、面白い。
アメリカ軍が戦闘から帰ってきた自国の戦闘機を調べてみると、どの戦闘機も、あるひとつの場所にたくさん被弾していたそうだ。
当然、その場所を補強しようという話になる。

ところが、ある学者が、それに待ったをかけた。
その理由は、「帰ってきた戦闘機はそこにたくさん被弾しているが、帰ってこられなかった機がたくさんある。そこは被弾しても帰ってこられる部分なのだから、むしろそれ以外のところを補強すべき」ということ。

これは目からウロコの発想だ。
戻ってきた飛行機の背後には、撃墜され帰ってこられなかった飛行機の残骸が累々としてあるのだ。それをきちんと認識して、見えていないところを見なければ、正しい判断ができない。
しかし、人はそれがなかなかできないのだ。

そういった、表面的なことにとらわれず、本質を見つけ出して正しく認識することが、この本の言う「確率的思考」の一つのキモのようだ。

それで思い出したのが、ヒマラヤの鶴の話。
ある人に聞いたところによると、ある種類の鶴は、毎年、冬になるとチベットから世界最高峰のヒマラヤ山脈を越えてインドへ渡り、春が来るとチベットへ戻る、ということを繰り返しているそうだ。その人は「あんな山越えをして無事に帰ってくるなんて、すごい」としきりに感動していた。

そんなにすごいのか、と思っていたが、あとになって、たまたまその光景を映像で見ることがあった。
鶴がヒマラヤ山脈を越える光景は、壮大で、確かに感動的だった。
だが、山肌をよく見てみると、鶴の死骸だらけだ。ようするに、多くの鶴は無事には帰ってこられないわけで、鶴が無事にヒマラヤを越える、というのは錯覚にすぎないのだ。

「確率」は、いろいろなところで利用される、身近な概念だ。しかし、「確率」を本当に理解して「確率論的思考」をすることは、意識しないとなかなか難しい。この本は、そういったことを教えてくれる。

「確率論的思考」が広まってくれれば、天気予報へのクレームも減るかもしれない、とふと思った。

今回の乱読で得たこと

紋切り型の思考は、原始時代の思考であると知り、合点がいった。

<今回の本>
田渕直也・著『確率論的思考 金融市場のプロが教える 最後に勝つための哲学』(日本実業出版社)

2009年10月30日