今回も鹿である。狩猟された肉というのは、100g単位で売られているわけではない。いただくときは数キロ単位なので、数日間かけて取り組むことになるのだ。
前回、何やら神聖なものにふれたような気持ちになる、と書いたが、それは最初に沸き上がる感情で、量が多いゆえ、やがていかに時間をかけず、味を落とさずに調理してゆくか、というむしろ「鹿肉と格闘」という言葉がしっくりくる状況になってくる。
鹿肉のブロックは冷蔵庫で熟成できるのだが、今回いただいたのは売り物になる部分を取ったあとの切れ端肉なので空気に触れる面積が広く、劣化しやすい。手早く調理することが要求されるのだ。
特に格闘という言葉がしっくりくるのが、肉と同時にもらったセンマイ(第三胃)である。鹿と牛は同じ仲間。牛同様、鹿にもセンマイがある。野生のものゆえ、そこには内容物が付着しているので、まずこれを徹底的にゴシゴシと洗う。匂いと汚れは取れにくく、軽く下ゆでしてまたゴシゴシ。これに時間を取られる。ただし、下ゆでを繰り返すなど、あまりヒステリックに匂いを取ろうとしてはいけない。
もう10年も前だが、中米はグァテマラのある町で、市場で牛の腸を買ってきて、モツ鍋を作ったことがある。
市場のなかでももっともほの暗く、日本の常識だと「かなり不潔」な場所にある臓物屋で買った牛腸は、中身、つまり牛のウン○がしっかり詰まっていた。それを泊まっていた安宿に戻って水道でゴシゴシと洗う。ふと見ると、そのすぐそばにある宿のカフェのテーブルがなぜか黒く見える。よく見れば、すきまなくびっしりとハエがとまっていたのである。
町中のハエが集まってきたのではないか、と思うほどの光景にビビって、とにかくこのモツをキレイにしなければと、必死に洗い、タワシでこすり続け、さらに、何度も下ゆでした。
そしてその結果、モツ鍋はモツの味がまったくしない、柔らかめの無味のゴムのような代物に成り果ててしまったのだ。
「いくら最初が臭いからといって、臭み取りはやりすぎない」
過去の教訓からそう肝に銘じて下処理にあたったのだが、今回はなんとか美味しく食べられる程度には踏みとどまったものの、やっぱりちょっと旨(うま)みが抜け過ぎた。もともと臭みも旨みも少ないセンマイなので、もう少し加減すべきだった。
やはり「中身」の存在は、人を清浄さへと駆り立ててしまう。それで結局、面白みのないものを作ってしまうのだから、まだまだ修行が足りない。
さて、そんな旨みが若干抜けたセンマイを今回はトマト煮にした。トマト煮といえば、センマイの少し上にあるハチノスを使うのが普通だが、センマイでも美味。トマトの旨みであるグルタミン酸を付加して抜けた旨みを補おうという魂胆もあり、ついでにパルミジャーノチーズも振ってオーブンで焼く。これでちょっとしたごちそうだ。
それから、前回紹介したワイン煮は保存もきくので大量に仕込んだ。そのままじゃ飽きるので、コロッケに。
こんなふうに、一つの料理をさらにさまざまなレシピに展開させつつ堪能するのもいいものである。
鹿センマイのトマト煮
材料(2~3人分)
- センマイテ......1枚
- トマト水煮(400g缶)......1缶
- 玉ねぎ......1/4個
- 白ワイン......50ml
- オリーブオイル......大さじ1程度
- 塩......小さじ1/4
- こしょう、酢、レモン......各適宜
作り方
- センマイをよく洗い、酢を少々を混ぜてお湯で下ゆでし、さらにレモンの切り口をこすりつけながらもう一度洗う。
- フライパンにオリーブオイルとスライスした玉ねぎ入れて中火にかけ、しんなりしたら、1を一口大に切って加えて塩こしょうをふって混ぜ合わせる。
- さっと混ぜ合わせたら白ワインと水煮トマトを煮汁ごと加えてとろ火にし、木べらでつぶしながら、30分ほど煮込む。途中焦げ付かないようにかき混ぜ、煮汁がなくなりそうなら適宜水を少し足す。
- これを耐熱容器に移し、おろしたパルミジャーノチーズを振り、トースターか220℃程度のオーブンで15分ほど、おいしそうな焦げ目がつくまで焼く。
鹿肉の赤ワイン煮込みのライスコロッケ
材料(3~4人分)
- 鹿肉の赤ワイン煮込み(前回のレシピ参照)......360g程度
- ご飯......180g(鹿肉の赤ワイン煮込みの半量)程度
- 卵......2個
- 牛乳......60ml
- 薄力粉......適宜
- パン粉......適宜
- 揚げ油......適宜
- バルサミコ酢......適宜
作り方
- 鍋かフライパンに鹿肉の赤ワイン煮込みとご飯を入れて弱めの中火にかけ、混ぜながら火を入れ、粘りが出たら火を止める。
- 卵に牛乳を加えてよく混ぜ、ザルで漉(こ)して卵液を作る。パン粉と薄力粉をバットなどに準備する。
- 1を丸めて整形し、薄力粉、卵液、パン粉の順につけ、200℃程度の油で揚げる。
*バルサミコ酢をつけて食べると、さっぱりとして美味。