私が住んでいた佐渡で、もっとも好まれていた魚は、ハチメである。
ハチメとはメバルのことだ。ときに赤い沖メバルをタカナバチメ、キツネメバルをアラバチメと呼んで区別するが、そのいずれをも愛している。
脂(あぶら)がたっぷりのった寒ブリでも、高級魚の真鯛(まだい)や平目(ひらめ)でもなく、メバルこそを最も美味な魚だと言う、その一点をもって、私は佐渡の人々を信頼する。
久々に、素晴らしい鮮度の佐渡のハチメを手に入れた。色鮮やかなタカナバチメである。
ハチメは、早春に佐渡の山々に咲くこぶしの花を思い出させる。
焼けば、ほろりと崩れる身は花びらのようで、その身を透明感のある脂が包んで、繊細さを保ちつつも濃厚な旨(うま)みとコクがある。
煮魚にすれば、張りつめた皮に箸(はし)を入れた瞬間、弾けるように立ち現れる身は、まさに白い花がひとつ、ポン、と咲いたよう。息をのむほどに美しい。そして、その香りと甘さ、身の一片一片がそれぞれに自立したような、緊張感のある弾力に魅了されるのだ。
佐渡ではハチメを大切に食べる。内蔵はもちろん、年配の人はエラまで味噌(みそ)と一緒にたたいて食べたという。そして、塩焼きにしたのちには、残った骨をもう一度焼き、味噌と薬味、湯を注いで、味噌汁とし、最後まで堪能するのだ。
この味噌汁がうまい。顔の大きさがよいバランスを作るのか、骨だけになったハチメがまず美しい。花が落ちたあとの枝ぶりもよいのである。味噌と刻んだ葱(ねぎ)をのせて熱湯を注げば、真っ黒に焦げて折れたヒレや、脂が浮き上がり、見た目は品があるものではないが、それゆえに香ばしく、またコクがある。貪(むさぼ)るように飲めば、ハチメのすべてを堪能し尽くしたような充実感が湧(わ)き上がる。
1尾はそうやって堪能し、もう一尾は洋風に仕立てた。洋風といってもソースには佐渡の「島へぎ」を使う。島へぎは、12月末から1月の極寒期、波が激しく打ち付ける岩場で育つ天然のノリの新芽である。
この島へぎにも、特別な思いがある。毎年1月ごろ、私は山の中の我が家で雪に埋もれ、永遠に続くかのような寒さにうんざりして過ごしていた。しかし、山の比ではないほど寒い岩場で伸びはじめる、新芽の初々(ういうい)しい香りと柔軟な食感を味わうと、「ああ、春が近づいているんだ」と勇気づけられるのである。
その磯(いそ)の香りがハチメと合わないわけはない。寒さで甘みを増したねぎを合わせた一品は、食の快楽に満ちあふれていると同時に、生活の根っこの部分を思い出させるような味わい。冷たく澄んだ空気の中にいるような気持ちになり、思わず背筋が伸びるのだ。
ハチメの骨の味噌汁
材料(2人分)
- メバルの頭と骨(塩焼きにし、身を食べたあとのもの)......1~2尾分(大きさによる)
- 味噌......大さじ2程度
- 長ねぎ......適宜
- 熱湯......2カップ程度
作り方
- メバルの頭と骨を魚焼きグリルなどで香ばしく色づくまで焼く。
- 焼いている間に長ねぎを粗みじんに刻む。
- お椀(わん)などに1の頭と骨、味噌、刻んだ長ねぎを入れ、熱湯を上からかけ、よく混ぜて完成。
ハチメの島へぎ蒸し
材料(2人分)
- メバル(三枚におろしたもの)......2枚
- 長ねぎ(白い部分)......10cm程度
- 白ワイン......1カップ
- バター......20g
- 島へぎ(生岩のり)......適宜
- 塩......小さじ1/4
- 黒こしょう......適宜
作り方
- 長ねぎをみじん切りにし、バターとともにフライパンに入れ、弱めの中火にかける。
- バターが溶け、長ねぎに透明感が出てとろりとしてきたら、白ワインを加える。
- メバルの身に塩(分量外:メバルの重量の1%程度)と黒こしょうをまぶす。
- 沸騰したら弱火にし、3のメバルをのせ、フタをして5分ほど蒸す。
- フタを取り、生の岩のりを入れてさっと混ぜ合わせて火を止め、皿に盛る。