第十一席 落語家

 今回は勇気を出して落語家について。
 以前、自著で落語家を乗り物に例えて、ファンからは喝采(かっさい)、同業者からはブーイングが起きたことがあった。
 談志は新幹線、志ん朝がブルートレイン、小さんがSL。
 駄目な落語家は駕籠屋(かごや)。時代遅れの新作落語をやる人は人力車(じんりきしゃ)。新幹線が駕籠屋に向かって「もっと早く走れ」といっても無駄、と書いてしまい、ひんしゅくを買ってしまった次第で。

 いきなりだが、盗撮で捕まった落語家が出現した。ネット上でバッシングの嵐が吹き荒れていたが、一番、的を射ていた意見が「女のスカートの中をのぞかないとわからない程度の想像力で、よく落語を語れるもんだ!」である。
 事件は不起訴。落語協会からの罰則は1年の寄席出演の禁止。おいおい。どうしてすぐに出演させないのだ。トリをとらせるべきだ。「盗撮野郎が出演していますよ!」と宣伝すれば大入り間違いない。落語界とは元来こういう姿勢でいるのが本当だ。

 円楽師匠がお亡くなりになった。弟子の楽春さんに聞いた話をひとつ。円楽師匠が「とよ」という歌手が気になっていたそうだ。弟子をつかまえて「いいね、あのとよはね」。だれも「とよ」を知らない。すると円楽師匠、「人気があるじゃないか。ほら、クスリで死んだ、尾崎とよ」......豊(ゆたか)ですよ!

 談志円楽師匠にフレッド・アステアの珍しいビデオを貸した。しばらくして戻ってきたビデオを観て談志は愕然(がくぜん)とした。アステアの上に他のテレビ番組が録画されていたのだ。談志はすぐさま円楽師匠のところに電話をして文句を言った。
 「おい、円楽!なんてことしやがったんだ!」
 すると円楽師匠、「はいはい、そうなの、ははははは」。
 30分間、ただただ笑い続けていたそうだ。

 談志の渾身(こんしん)のイリュージョン落語(非日常の狂気の世界。落語の本質)を語っていた円楽師匠が一言。
 「......芸が荒れているね」

 泰葉事件で世間の注目を浴びた小朝師匠談志は騒動中の小朝師匠を見て一言。
 「なんだ、あいつの頭は」
 ある意味、「金髪豚野郎」よりきつい。私は心の中で「スライムみたい」だと思っている。

 渋い語り口と長いマクラで大人気の小三治師匠。大の甘党で、高座のわきに置く湯のみの中に、ピーチネクターが入っているという都市伝説がある。

 小三治師匠がNHKのテレビ番組に出演の際、茂木健一郎がこの大御所に蕎麦(そば)を食べる仕草をリクエストしたが、彼の脳みそは落語の部分では死滅しているといわざるを得ない。
 失礼すぎるぞ! 勘三郎に向かって、「見栄を切ってください」と言う人がいるか? 談志に、「饅頭(まんじゅう)を食べる仕草をしてくれ」なんと言おうものなら、生放送だろうがその場で帰っちゃうね。私でも帰ると思う。

 名人志ん朝師匠のお話。落語の魅力は? と問われて、談志は「落語は人間の業の肯定」と答えたのに対し、志ん朝師匠は「狸(たぬき)や狐(きつね)が出てくるところ」と答えた。

 春風亭勢朝さんに聞いた話。志ん朝師匠といえば「錦松梅」のコマーシャルで有名だが、ある人が「志ん朝師匠は普段から錦松梅をお食べになるのですか」と聞くと、「だれがあんなゴミみたいなものを食べますか」と志ん朝師匠が言ったとか言わないとか。

 私の兄弟子(あにでし)の話をいくつか。志の輔兄(あに)さん。いつもくたびれている。楽屋に入ってくるとまるでゾンビのようだ。そのくせ養命酒のコマーシャルをしていた。養命酒が身体に効かないことを宣伝して歩いているようなものだ。
 まあ、いくら養命酒を飲んだところで、インスタントのやきぞばばかり食べていたら、そりゃ身体を壊しますよ。

 『赤めだか』という青春記が売れて調子にのっている談春兄さん。この人は実に乱暴者。私は以前、デパートの屋上で金魚すくいを一緒にやったことがある。彼は金魚すくいの名人で、またたくまに大量の金魚をすくった。店の人が驚愕し、金魚の値段をいうと、談春兄さんは鼻で笑いながら、「......いらねーよ!」と水槽に金魚をバシャっと戻したのであった。

 まだ電車の改札に駅員が立っていたころの話。改札から出たとき、購入した切符が30円ばかり足りなかった。当然、駅員は
 「お客さん、30円足りませんよ!」
 と声を上げた。すると談春兄さん、振り返り、
 「ほしけりゃ、くれてやらぁ!」
 と、銭を駅員に投げつけたのである。銭形平次か!

 『赤めだか』を読んで感銘をうけた雑誌社の人がインタビューを談春に申し込んだ。談春から話を聞き終えて雑誌社の人が一言、
 「赤めだかに登場していた純情な青年は私の前にはいなかったんですけど」

 借金問題で立川流を除名になった快楽亭ブラックさん。彼は大の競馬好き。それが高じて2000万円の借金をこしらえてしまった。何度か競馬場で彼を見かけたことがある。一番面白かったのが、ジャパンカップの日。海外から有力馬がたくさん来日するレースだ。ブラックさんはアメリカ人と日本人の混血で、見た目はまったくのアメリカ人。ジャパンカップ当日、着物姿で馬券を買いまくるブラックさんだったが、彼を知らない若者は、口々に、
 「観てごらん、海外の馬主さんがいるよ」
 と言っていた。

 ブラックさんは借金だらけになり、住む家をなくし、しばらくの間、弟子のアパートに住み込んでいたそうだ。立川流の顧問で作家の吉川潮先生が上手いことを言った。
 「弟子が師匠の家に住み込んで修行をする内弟子というのは聞いたことがあるが、ブラックの場合は、師匠が弟子の家に住み込んでいるのだから、内師匠だな」
 嫌だなぁ、「内師匠」。

 最後に師匠談志の話。
 談志が東京江戸博物館で「談志・江戸を語る」という講演をおこなった。客の多くは江戸を勉強しようと集まってきていた。しかし談志は、己の文明論を展開。かなりきわどい北朝鮮の拉致(らち)問題や、テロ問題を語りまくった。客はどんどんひいていった。そこで談志は、
 「つまらないかい。つまらないと思うやつは帰ればいいんです」
 と言い放った。すると一人のおじさんが、
 「つまらんから、俺は帰る!」
 と怒鳴った。これに対し談志は、マイクをつかんで激怒した。
 「けぇれ!けぇれ!」
 客は、「帰る!帰る!」。
 客席は凍りついた。おじさんが帰った後、談志が一言。
 「......こういった喧嘩(けんか)は、マイクを持っているほうが強いんです」

2009年11月28日