第16回 ハレの日の清々しさをいただく佐渡の雑煮

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 佐渡島の正月は、お雑煮(ぞうに)ではなく、「あん餅(もち)」を食べる。こう言うと、あんこが入ったお餅を野菜などとともに雑煮のなかに入れたものだと誤解する人が多いが、それは、香川県のもの。佐渡では、手で丸めた餅に小豆(あずき)を煮て作ったつぶあんをドバッとかけただけの、いわゆるぜんざい風のものを朝っぱらから食べるのだ。

 正月ゆえ、これに日本酒も加わり、「酒と甘味」という、いかにも体に悪そうな、禁断の組み合わせで飲み続けることになる。正月のみならず、米でできた甘いものと、米から作った酒の組み合わせは、特に老人たちとの飲みではよく出くわし、延々と続く宴会のなか、今日は米と砂糖と豆しか胃に入れてないぞ、と思いつつ酩酊(めいてい)し、そのまま倒れるように眠りにつくことも多い。

 これは確実に体に悪いわけだけが、一緒に飲んだ老人たちの多くが健康なまま長寿をまっとうする。たぶん山間部の田畑での労働量は尋常じゃなく膨大で、糖分も炭水化物も体に留まらないからだろう。なにしろ前日に私と同じぐらいの酒量を一緒に飲んだはずの86歳のおじいさんが、翌朝4時から草刈り機で田んぼの草刈りを始めるのだ。彼にとっては、砂糖も米も酒もガソリンのようなもので、十分に補給したら、バリバリと体が動くのだと思う。
 その一方で、私は、草刈り機の軽快なエンジン音を寝床で聞きながら、二日酔いの苦しみにもだえる。自分がダメ人間だと思い知る瞬間である。

 話をお雑煮に戻そう。京都に住んでいるときは、創業200年を超える祇園(ぎおん)の料理屋の娘さんから、由緒正しい京のお雑煮の作り方を聞いた。いわく、出汁(だし)で伸ばしてどろどろにした白みその中で丸餅(まるもち)をとろけそうになるまで煮る、とのこと。
 実際に作ってみると、甘ったるく、ふにゃふにゃとした食感。同じ甘さでも、佐渡の甘さが額に汗して働く人の甘さとすれば、こちらは、働かない人の甘さというべきか、あごの筋肉を使って噛(か)むのもおっくう、という感じの、京都の「ぼん」たちにふさわしい味わいだ。
 別の京都生まれの友人によれば、どろどろの白みそ雑煮に擂(す)ったわさびをのせて食べると美味だそうで、そこには京都の洗練とでも言うべきものを感じるが、やはり、東京生まれで、澄(す)まし汁に小松菜、鶏という雑煮を食べてきた私としては、もう少し、シャキッとした、粋なところが欲しいと感じてしまう。

 実は、あん餅優勢の佐渡の小木(おぎ)という地域に、実に粋なお雑煮がある。日々の暮らしに根ざしていながら、新春らしいハレの日の清々(すがすが)しさがあり、すっきりとした佇(たたず)まいとその味わいは、粋が美に昇華した、とでもいうべき、卓越したものだ。
 出汁には、浜に揚がったばかりの飛び魚を、すぐさま頭とはらわたを取って囲炉裏でじっくり焼き、さらにからからになるまで干したものを使う。そしてその透明でふくらみのある出汁に入れる具は、芹(せり)と島へぎだ。

 雪に埋もれる冬場、湧(わ)き水が出ている場所一帯だけは青々としている。一年中温度のほとんど変わらない湧水のために雪は溶かされ、芹が生育しているのだ。雪を踏み分けて湧水にたどり着き、芹を数本引き抜くと、泥水の中から突然現れるその根の白さに、思わず息を呑(の)む。
 そして島へぎ。前回も書いたが、年末から1月ごろ、波が打ちつける極寒の岩場で育つ岩のりの新芽である。正月前後が一番美味で、2月が近づくにつれて成長して厚くなり、ゴムのような食感になってしまう。
 この時期、佐渡は荒れ模様の天気が続く。寒風を受け、ときに波にさらわれそうになりながら、凍りつく岩場に張りついて、これをはぎ取ってゆく。

 焼き餅に飛び魚焼き干しの澄まし汁を注ぎ、芹と島へぎを添え、柚子(ゆず)の皮をのせる。芹は根ごと使う。真っ白な芹の根と黒い島へぎ、そして瑞々(みずみず)しい芹の若緑色と柚子の黄の色合いの美しさ。そして芹の鮮烈な香気、島へぎの磯の匂い、柚子の薫(かお)りが相まって、周囲の空気まで引き締まった特別のものにする。
 思わず深呼吸し、厳しいものになるであろう新しい1年と、まっすぐに向き合うのである。


小木(おぎ)のお雑煮

小木(おぎ)のお雑煮

材料(2人分)

  • 飛び魚の焼き干し......1尾分
  • 芹......少々
  • 島へぎ(生岩のり)......少々
  • 餅......2~4個
  • 水......400ml
  • 薄口しょうゆ......小さじ1
  • 日本酒......小さじ1/2
  • 塩......少々
  • 柚子の皮......少々

作り方

  1. 鍋に水と飛魚の焼き干し、日本酒を入れ、沸騰したら薄口しょうゆと塩で調味する。
  2. 餅(もち)を焼く。
  3. 椀(わん)に1の汁と2の餅、芹(せり)と島へぎを入れ、柚子(ゆず)の皮を飾る。

2010年1月 8日