6冊め ブログ炎上経験者が読む『ウェブはバカと暇人のもの』

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僕を含めた数人のお天気キャスターでブログをはじめたのは3年ほど前のこと。
現在では、1日数万のアクセスがあり、累計アクセス数は4000万以上と、自分でいうのもなんだが、好評を博している。
最近は、僕の会社でTwitter(インターネット上に「つぶやき」を発信して共有するコミュニケーションサイト)もはじめた。

ブログを立ち上げた当初、僕はブログというものに関してはまったくの無知で、運営のノウハウもわからないし、たとえば「炎上」という言葉の意味も知らなかった。

だから、なにか自分の主張を書いたりすると、ものすごく批判を浴びたことにおどろいた。普通に生きていて、面と向かって批判を浴びることは、そうそうないだろう。もちろん天気予報に関する苦情の手紙とか、電話を受けたことはたくさんあるが、自分自身に向かって、真正面から罵声(ばせい)や中傷に近いような批判を浴びることなど、ほどんとなかった。

しかし、インターネットでは、それが容赦なく浴びせかけられる。 自分のブログで「炎上」を経験したときは、ものすごくショックだった。なんで見ず知らずの人間に、ここまで言われなきゃならないんだ、と。
それで、最初は反論もしていた。だが反論をすれば、それに対してさらにたくさんの反論が返ってくる。最後には、もうやり返す気もおこらなくなって、反応することはやめた。

そういう体験もあって、インターネットやブログ関連の本はいくつも読んで、勉強をしている。そのなかのひとつが、今回の『ウェブはバカと暇人のもの』である。

この本のなかでまず目にとまったのは、ブログを穏便に運営していきたい人が、やってはいけないことが書かれた部分。
それは、自分の考えを、ことさらに主張すること。動かしようのない事実を書いている分にはあまり荒れることはない。だが、なにか主張や意見らしきものを書くと、どうしても「それは違う」という風に反論がくる。
これは僕の実体験にも合致していて、面白かった。

それに、よく目立つのは「正義の味方」みたいな人たち。自分の意見を絶対的な正義として振りかざす人間が、いちばん困る。
そういう人は、自分と同じ意見の人や、何も知らない人に対してはいろいろと丁寧に教えてあげたりする反面、自分と違う意見の人に対しては、しつように攻撃したりする。自分と違う考え方を許容することができないひとたちが、どうもいるようなのだ。

インターネット上で批判をしてくる人は、変人でもなんでもなくて、普通の人なんだと思う。使う表現はきついが、文章はしっかりしている。だが、そのひとにとっては大事なことなのかもしれないが、受ける側からすれば、本当に些細(ささい)なことをとりあげてくることも多い。

攻撃してくるのがひとりふたりならいい。だが、それが何十人ともなると、その重圧はかなりのものだ。それに耐え切れなくなって、閉鎖してしまうブログやサイトも多いと聞く。

『バカの壁』で有名な養老孟司 先生の本のなかで、詩人の谷川俊太郎さんが、養老先生に対して「何がいちばんいやですか?」という質問をしていた。それに対する養老先生の答えは「正義」。それを聞いたとき、ものすごく納得したものだ。

もうひとつ、この本の面白いところは、「インターネットはテレビを越える」という論調を、否定していることだ。著者の中川さんは、自分でもウェブサイトを運営している。そういう立場からの意見だけに、興味ぶかい。

たとえば、ブログなどに書かれたりする情報は、「芸能人のスキャンダル」だとか「昨日のドラマの感想」だとか、テレビの話題が多い。これでは、テレビを越えるなんてできないだろう。

ようするに、インターネット上の情報は、ほとんどが「暇つぶし」のための、どうでもいい、とるに足らない情報なのだ。
価値のある、ためになる情報も少なからずある。だが、そんなものを見る人は少ないし、その比率は、まだまだ小さい。悪貨が良貨を駆逐している、そんな状態だ。

本当に後世にまで残るのは、結局は良貨だけなんだろうと思う。
インターネットでも他のものでも、センセーショナルなだけのものは、一時は盛り上がっても、内容がなければすぐに忘れ去られる。
僕も、これからインターネット上の活動はどんどん増えていくだろう。できるだけ、"良貨"を残せるようにしたいものだ。



今回の乱読から得たことなど

インターネットで受ける中傷は気にする必要はない

<今回の本> 中川淳一郎・著『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)

2009年9月25日