もう15年も前のことだが、ある雑誌にのっていたひとつのレシピに衝撃を受けたことがある。
その雑誌では、有名シェフたちが自分のレシピを紹介しており、ページを繰るごとに、華やかで美しい、おいしそうな料理写真が目に飛び込んでくる。フレンチのページに入ると、「色とりどりの野菜にセルクルで円形に整形されたクスクス」といった、いっそう洗練された料理があらわれた、と思いきや、さらにページをめくると、定食屋でもこれはないだろう、というような、荒っぽい料理に目が釘付けになったのだ。
さばの切り身の上に、揚げたじゃがいもがドバーッとのっている。それだけ。いったいこれのどこがフレンチなのか、と料理のタイトルを探すと、そこには「じゃがいもとさば」とだけ書いてある。そのまんまである。あまりに無骨すぎる。先ほど「ドバーッとのっている」と書いたが、たしかレシピの手順にも、「じゃがいもをドバッとかける」などと書いてあったはずだ。
作ったのは、大阪の有名フランス料理店シェ・ワダの和田信平シェフ。
料理に詳しくなかった当時は彼の名を知らなかったが、前後のページの洗練されたフレンチレシピから見事に浮き上がった、この強烈に個性的で、反骨心さえ感じさせるレシピに私は魅了されたのだった。
作ってみると、じゃがいもは澄(す)ましバターで揚げるグラス・ド・ヴィアン(フォン・ド・ヴォーを煮詰めたようなもの)を使うなど、案外細やかな作業が必要だった。そして、できあがりは、それらの手順を踏むことの意味がよくわかる、二つの食材の長所が完璧(かんぺき)に一体となった絶妙な味わいで、感動したのだった。
そんなわけで、さばという食材には特別な思い入れがある。この「じゃがさば」以外でも、今でも印象に残っている料理には、さばを使ったものが多い。
会社に入ったころ、吉祥寺(きちじょうじ)の居酒屋で食べた、塩さばと大根で作る船場汁(せんばじる)。
京都に住んでいたころに、染織家の妻の先輩宅で食べさせてもらった焼きさば寿司。これは一日たって固くなったさば寿司を七輪(しちりん)の隅で炙(あぶ)ったものだ。
とびきり新鮮でまるまると太った佐渡のさばで作った、柑橘(かんきつ)を効かせたしめさば。
どれも忘れられない大好きな味である。
そんなわけで、今回のテーマはさば。旬を迎えたいわゆる「秋さば」だ。
ただ普通にさばを扱うだけでは面白くないので、まずは「塩さば」を作る。
最近は、豚バラ肉を使って自家製の塩豚を作る人も増えているが、その感覚でまず「塩さば」を作り、それを使うのだ。
そして、やはり旬を迎えて出回り始めた柚子(ゆず)を使って、大好きなさば料理をリメークしてみた。
「しめさば」は、塩さばを薄切りにしたさばのカルパッチョに変身させた。
「じゃがさば」は「じゃが塩さば 柚子風味」に。澄ましバターやらグラス・ド・ヴィアンやら、本格的な材料はなかなか手を出しにくいので、家庭でもできるように工夫した。
「船場汁」も柚子の香りたっぷりに。
「さば寿司」は、ハチミツを使って洋風に仕立てる。
まさに、秋にふさわしい味わいである。秋さばと柚子の競演を楽しんでいただきたい。
塩さば
材料
- 新鮮なさば......1尾(三枚おろし)
- 塩......さばの重量の1.5%程度
作り方
- さばは腹骨とそぎ取り、中骨を抜いてまんべんなく塩をまぶす。
- バットなどに入れ、ラップをしてすこし傾斜させて冷蔵庫に入れ、数時間から半日ほどおく。
- 出てきた汁が低い部分に溜まるので、捨てる。
*塩の量が少なく、保存は利かないので、当日か翌日に食べきるようにする。
塩さばのカルパッチョ 柚子風味
材料(2人分)
- 塩さば......1枚
- 柚子(ゆず)......1個
- 好みで、こしょう、唐辛子、E.V.オリーブオイルなど
*このレシピは特に、鮮度の良いさばを使うこと。
作り方
じゃが塩さば 柚子風味
材料(2人分)
- 塩さば......1枚
- 柚子の皮、絞り汁......1/2個分
- じゃがいも......2個
- 揚げ油......適宜
- バルサミコ酢......大さじ1
- 塩......少々
- バター......10g程度
- 小麦粉......適宜
- こしょう......適宜
作り方
塩さばの船場汁(せんばじる)
材料(2人分)
- 塩さば......2枚
- 大根......1/4本程度
- 柚子の皮、絞り汁......1/2個分
- 水......400ml
- 昆布......5cm角1枚
- 塩......小さじ1
- しょうゆ......小さじ1
- 日本酒......大さじ1