佐渡ではふきのとうのことを「ふきんじいさん」と呼ぶ。最初に聞いたときは、布巾(ふきん)を頬(ほお)かむりにしたおじいさんの姿がパッと頭に浮かんだが、実際は「ふきの爺(じい)さん」という意味。略して「ふきんじい」という。
春真っ先に自然からいただける大地の恵みが、この「ふきんじい」だ。佐渡に引っ越してきた最初の年、私は、初めての春の訪れがあまりにうれしくて、庭の溶けた雪の間から顔を出す大量のふきんじいを採り、天ぷらにして食べた(ごはんと、おかずはこの天ぷらのみで、30個ぐらい食べただろうか)。
すると頭痛に襲われ、体中がだるくなったのだ。アクのせいだ。
地元の人たちは、くたくたに煮込んでアクを十分に取ってからふき味噌(みそ)などにして食べていたが、私には「せっかくの瑞々(みずみず)しい香りを生かしたい」という思いがあり、「くたくた煮」には踏み切れない。かといってあのひどい頭痛はもういやだ。もうふきんじいを食べるのをやめようか、と思っていたころ、近所に住むおばあさんが、そのふきんじいを持って玄関先に現れた。
「刻んで、できあがった味噌汁にパッと散らすとうまいぞ」
これは目からウロコだった。
細かくしてふりかけ、料理に香りを与える――ふきのとうの薬味化、あるいはスパイス化とでもいおうか。さっそく、味噌汁に、煮物に、きんぴらに、パスタに、そして豚の角煮にパッと散らす。すると周囲が一気に春の香りに満たされ、料理の味が引き締まるのだ。
刻むと、小さなふきの花のつぼみがこぼれるように飛び出てくる。ふきのとうは小さな花の集合体なのだ。この小さなつぼみがかわいく、つぼみばかりを選んで料理にのせると絵にもなる。
一度にたくさんのふきんじいを採る必要もない。食事の前に庭に出て一つだけ取り、料理ができあがったら供す前にきざんで散らすだけである。
そんなふきんじいの使い方を覚えてからよく作ったスナックのレシピがある。簡単で、意外で、私は大好きだが、その味が他の人にとってもおいしいのかどうか、今でも判断しかねる、不思議なスナックである。
材料は、ワンタンの皮、ふきのとう、蜂蜜(はちみつ)、黒こしょうだけ。蜂蜜とふきんじいの組み合わせ+ピリリと痺(しび)れるこしょう風味に私はハマってしまったのだが、周囲の人間に「うまい」と言われた記憶はないので、本当においしいのかどうか、まったく自信はない。ここで公開して皆様のご判断を仰ぎたい。
ところで、当時、「ふきんじい」という名前がどうにも腑(ふ)に落ちなかった。ふきのとうの、生命力をうちに秘めて充実したかわいげのある丸い姿は、むしろ「ふきの赤ちゃん」とでも言ったほうがいいんじゃないか、と思っていた。
そんな私がこの「じい」という名に納得するのは、木々の若葉が芽吹き、花が咲き、もうだれもふきんじいのことなど構わなくなった春満開のある日のこと。そのときのことは、次回、詳しく書きたい。