第11回 神聖なる山のめぐみをいただく「鹿の料理」

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 昨日、近くで狩猟された鹿の肉とレバー、そして心臓をいただいた。
 肉はもちろんおいしく、またレバーの旨(うま)さも素晴らしいが、適切に処理された獲(と)れたての鹿の心臓は、鹿の舌とともに日本の山がもたらす最高のごちそうのひとつだろう。
 厚めに切って刺身として食せば、臭みは何一つなく、その味わいは透明感にあふれる。噛(か)み込んでゆくときの筋繊維の軽い弾力が心地よく、ぷりっと噛み切るその瞬間は至福のときだ。

 そんな良質な心臓をいただくと、何やら緊張して、身の引き締まるような気持ちになる。生きている鹿や雉(きじ)、猪(いのしし)などを見ても、ついおいしそう、と思ってしまう人間なので、敬虔(けいけん)な気持ちで「命をいただく」などときれいごとを言うつもりはないが、やはり何やら神聖なものに触れたような気持ちになる。

 ちょうどその日は今年一番の冷え込み。おそらく一撃で仕留められた鹿の腹を開ければ、もうもうと湯気があがり、あたりの視界を白く覆ったはずだ。それは命が失われた瞬間の美しい光景で、そのなかですぐさま血抜きされた心臓が私の前にある。

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 その生命を支えていた臓器のあまりの小ささと、いまだ誰にも穢(けが)されていないような清涼さにも少し動揺し、緊張してしまう。はたして、この美しさに見合うだけのおいしい料理を自分に作れるのか、単にこの美しい筋肉の塊(かたまり)を穢してしまうだけではないのか。そんな思いにとらわれてしまうのである。

 そんな緊張感とともに作ったのは、上質の塩をふり、レバーと心臓を低温で火を通し、旬のぶどうと合わせたものだ。やはり旬のものと合わせるとその旨さが引き立つ。刺身もとびきり旨いのだが、生育環境の悪化や寄生虫、病原菌などの問題から、残念ながら生食はおすすめできない。
 今回は質と鮮度が良かったため、血抜きはしていないが、臭みがあれば、牛乳に浸(つ)けたり、砂糖をふってマリネにするなどして血抜きするとよいだろう。

 肉のほうは、いただいたのは売り物になる部位を取ったあとの、筋の多い部分。ステーキなどにはできないが、旨みや味わいはこちらのほうがよいくらいだ。これも仕留め方と処理がよいのだろう、肉の風味がよい。仕留め方や処理がまずいと、肉に血が回り、豚のレバーのような臭みが出てしまう。

 定番はやはり赤ワイン煮。細く切って、鹿ともっともよく合うスパイス、ジュニパーベリーと一緒にひたすら煮込む。
 さらにそんな筋の多い余り肉のなかから、やわらかい部分を見つけて切り出し、スパイスとワインでマリネにした。そのままなら、カルパッチョのようになり、軽く乾かして食べると生ハム風となり、どちらも美味。もちろん、赤ワインのお供に最高だ。

 鹿肉の料理など、一般には作る機会は少ないだろうから、今回はあまり役に立たないレシピかも知れない。しかし、もし外食などで鹿肉を食すことがあれば、私が感じたような動揺や身の引き締まる思い気持ちなどを、想像してみてもらえたらうれしいと思う。


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鹿の心臓とレバーのロースト
ぶどう添え

材料(2~3人分)

  • 鹿の心臓......1/2個
  • 鹿のレバー......1/2個
  • 塩......心臓とレバーの重量の1%程度
  • バター......10g程度
  • サラダ油......大さじ1程度
  • ぶどう(巨峰、ピオーネなど)......1房
  • バルサミコ酢......大さじ2

作り方

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  1. 鹿の心臓とレバーに塩をまぶし、サラダ油を入れて中火にかけたフライパンで、表面に焼き色がつくまで焼く。
  2. すぐに火を止めてフタをし、そのまま15分ほど放置する。そのあととろ火にかけて、中心が60℃ぐらいになるまで、じっくりと火を通す。
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  4. フライパンを洗い、バターとぶどうを入れ、ぶどうがやわらかくなるまで炒める。
  5. 写真7
  6. 火を止めて2を加えて味をなじませる。
  7. 鹿の心臓とレバーをスライスし、3を添えて供す。

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鹿肉の赤ワイン煮込み

材料(3~4人分)

  • 鹿肉(筋の多い部分)......800g程度
  • 赤ワイン......1本
  • 塩......鹿肉の重量の1%程度
  • ローリエ......1枚
  • クローブ......2~3個
  • ジュニパーベリー......5~6粒
  • 黒こしょう......5~6粒
  • 玉ねぎ......1個
  • ベーコン......50g
  • ニンジン......1本
  • 小麦粉(強力粉)......適宜
  • サラダ油......適宜
    *鶏肉や豚肉で作っても美味。

作り方

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  1. 鹿肉は細く切り、クローブ、ジュニパーベリー、黒こしょうとともに赤ワインに浸(つ)けて一晩おく。
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  3. 鹿肉と浸け汁を別にし、肉に塩をして強力粉をはたく。フライパンにサラダ油を入れて弱めの中火にかけ、そこに肉を入れて表面に焼き色がつくまで焼く。
  4. 写真11写真12
  5. 煮込み用の鍋に短冊に切ったベーコンを入れて弱火にかけて炒め、香りが出たら、2の鹿肉、乱切りにした玉ねぎとにんじん、肉の浸け汁を加えて弱火にかける。
  6. 沸騰したら出てきたアクをていねいに取り除き、底が焦げ付かないようにときどき混ぜながら、肉がやわらかくなるまで3時間ほど煮込んで完成。

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鹿肉の赤ワインマリネ

材料(3~4人分)

  • 鹿肉(もも肉、ロース肉など)......300g程度
  • 塩......鹿肉の重量の3%程度
  • 赤ワイン......400ml程度(肉が浸かる量)
  • クローブ......2~3個
  • ジュニパーベリー......5~6粒
  • 黒こしょう......5~6粒

作り方

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  1. すべての材料を混ぜて肉を浸(つ)ける。
  2. 一晩たったら、スライスして供す。3~4日漬けてから、冷暗で風通しのよいところに干し、軽く水分を抜いてから食べてもよい。

2009年11月 9日