アッシが初めて吉太郎親分をおみかけしたのは、神田○○町のとある四つ辻、煙草屋の前でやんした。
のっしのっしと店先からお出ましになり、まわりにたむろしている、煙燻らすオッサンたちには目もくれず、煙草売り娘の着物の裾に、すりっと身体を一瞬こすりつけたあと、軒先の一番日当たりのいい場所に、ごろんと横になった途端、すーぴー、すーぴーと眠りはじめたのでやんす。
田舎もんで、人の影さえ踏まぬよう、びくびく世の中渡ってきたアッシは、親分のそのふてぶてしくもある立ち居振る舞いと、あっけらかんとした寝姿に一瞬のうちに惚れこんじまった。
また、これが着てるもんがいい。「茶トラ」ってな柄らしいが、ツヤといい、ふかふか感といい、親分の身体にぴたっとフィットして匂い立つような色毛だぜ。
煙草屋のおかみの言うことにゃ、今朝は朝帰りだったらしい。っていうか、毎日朝帰りらしい。「どこか、馴染みの店でもあるんっすかね?」とおかみに聞いたら、「さあねぇ」なんて、ちょっと寂しげに言うもんだから、アッシとしちゃ、ほっとけねぇ。
親分の「ほっとけ」という声が聞こえなくもないが、なんか気になってしょうがねえ。ってなことで、ほぼ毎日、店を覗いてみてるってわけで......。