前回の連載では、会話やコミュニケーションをするときには、関係者の間で「象のどこの話をしているのか」を明確にすることが重要で、そのためには「切り分けて考える」必要があるというお話をしました。今回はそれに関連して、「言葉の定義」の重要性について解説したいと思います。
前回の事例のように、コミュニケーションギャップや意見の相違の原因は、中身をうんぬんする前の前提条件の違いに関係しています。ここで重要な役割を果たすのが、単語や言葉の定義です。
例えば、文字通りこの連載のテーマの「象」の話をしている場合を想定しても「象のあし」の話をしている場合に「あし」という音からAさんは「足」(足首から下の部分)を、Bさんは「脚」(足全体)を思い浮かべて話をすれば、対象として思い浮かべている部位が違うのですから、すれ違いが起きてしまうのは確実です。 あるいは、日本語と英語というように異なる言語の間では、こういった似て非なる言葉の意味や定義の違いがコミュニケーションギャップを生み出すことはよくあります。
非常にわかりやすい例でいけば、日本語の「朝」は英語では "morning" と一般的には訳されますが、これも範囲が微妙に違っていて、日本語の「朝」というのはおよそ10時ごろまでを意味しますが、英語の mourning は afternoon に対応する言葉で「午前中」を意味しますから、「朝のあいさつ」として「おはようございます」= "Good morning" ととらえていると、10~12時の間でのあいさつに違和感を覚えることになるでしょう(象で言えば、「上半身」と「肩から上」くらいの違いに相当するでしょうか)。
このように、「どこからどこまでを対象範囲とするか」という言葉の定義を明確に共有した上でコミュニケーションを図らないと、思わぬ思い違いを生み出してしまいます。
次に、紛らわしい言葉の使用の例を見てみます。今度は「サービス」という言葉です。
この言葉は時と場合によって、さまざまな意味で用いられているのですが、意外に厳密な定義を意識している人は少ないようです。
例① 旅館の部屋のテーブルに置いてあったお菓子についての質問
「これ、『サービス』ですよね?」
例② ホテル業界に就職した同級生に対する言葉
「ああいう『サービス』の仕事っていうのはいろいろと大変だよね」
例③ 親切にしてもらった医師に丁重にお礼を言ったときの反応
「私たちの仕事は『サービス』業ですから」
例④ 台湾製格安PCを購入しようとしているお客の店員さんへの質問
「このメーカー、『サービス』体制は大丈夫なんですか?」
例⑤ ある商品の事業部長が、部下に方針を説明する中での発言
「商品だけでは利益が出ないから、今後はそこから派生する付随的な『サービス』事業で稼いでいかないといけない」
これら5つの例で使われている「サービス」という言葉が各々微妙に違う定義で使われていることは、皆さんもすぐにお気づきだと思います。
これまで述べてきたように、言葉の定義やテーマの対象範囲を曖昧(あいまい)にしたままで話を進めることはコミュニケーションギャップを助長することになりますので、明確にしておくことが絶対に必要です。
例①から例⑤の「サービス」の言葉の定義の違いを見ていきましょう。
各々の「サービス」という言葉を、「サービス」という言葉を使わずに定義してみると違いがわかります。その一つの方法として、<B>「視点の軸」</B>というものの考え方(概念)を導入します。
この概念を使ったイメージを、「象」を使って図1に示します。
A、B、Cが「視点の軸」で、「見る角度」と言いかえることができます。こうした「基準」を設定することによって、その軸上で対象物を見たときの「ある」「なし」がその言葉の定義になります。
例えば「サービス」という言葉の範囲を定義するために必要な「軸」として、先の①~⑤の例で抽出してみると、次のような判断材料が「軸」として浮かび上がってきます。
- ●有料か無料か(例① 無料の提供物)
- ●対人的な要素があるかないか(例② 対人に対しての要素が強い)
- ●奉仕の要素があるかないか(例③ 奉仕を基本とする仕事)
- ●商品を売る前か売った後か(例④ いわゆる「アフターサービス」)
- ●商品が有形か無形か(例⑤ 形になっている製品とは対極の、形としては見えにくい人的な価値の提供等)
こういった軸を見つけることによって、これまで述べた「切り分けて考える」ということが可能になります。
もう一度、図1を見てください。一つの軸で見たときの「箱の分け方」(破線の横長の二つの長方形)は、他の軸を用いた場合の「箱の分け方」とは異なっていて、結果、それぞれが象の異なる部分を見ることになります。言いかえれば、「視点の軸」が、「象のどこを見ているか」を決定するということです。
まとめてみましょう。
言葉を明確に定義するために「切り分けて考える」には、
(1)まず「視点の軸」を見つける(図1の実線で囲んだ図)
(2)次に、いま使っている言葉の対象領域に関して、その軸上のどこが含まれ、どこが含まれないかを明確にする(図1の破線で囲んだ3つの図)
というのが適切な方法ということです。
そして、言葉の定義を明確にし、前提条件を誤解ないように共有した上で関係者間でのコミュニケーションを進めていくことが、「誤解のない議論」の前提となるでしょう。