第13回 仕事は選ぶべきか? 何でもやるべきか?

 「善は急げ」と「急がば回れ」のように、この世には、互いに矛盾する教訓にあふれています。これはいったい、どう考えればいいのでしょうか。

  今回も前回に続いて、連載タイトル「象の鼻としっぽ」に直接関係する話で、「切り分けて考える」ということ、つまり「象」全体を十把(じっぱ)ひとからげのごとくに見て判断するのではなく、それが「鼻」なのか「しっぽ」なのかということを区別して考えましょう、という話をしたいと思います。

 「善は急げ」とは、何事もすぐに着手し、すばやく実行する、というようにスピードが重要であるという教訓です。これに対して「急がば回れ」は、急ぐのではなく、むしろそういうときこそじっくりと時間をかけて何事も取り組むべし、という教訓です。
 ケースバイケースと言ってしまえばそれまでですが、一体これではどうすればいいのかわかりません。考えてみれば、こうしたことは、ほかにもたくさんあります。さまざまな人の成功体験から来る教訓などにも同じことが言え、こうしたものを読んでいると、結局「終わりよければすべてよし」で、後からでは何とでも言えるよなあ......などと思ってしまいたくなります。
 こうした矛盾しあう教訓の中から、ビジネスでよく言われるいくつかの具体例を見てみましょう。

●「仕事は選ばずに何でもやるべきである」vs.「仕事は選んでやるべきである」
●「まず『できます』と言い、やり方は後から考えるべきである」vs.「できないものは正直に『できません』というべきである」
● 「寝食も忘れて死ぬほど働くべきである」vs.「『ワークライフバランス』を考えるべきである」

 これらは人によってまったく言っていることが違うようにも見えますが、よくその発言の文脈を見てみると一定の傾向があることに気づきます。ここでも前回「待つこと」の意味を分類したのと同様に、「切り分ける」がキーワードです。



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 個人でも会社でも「成長期」と「成熟期」があります(図1参照)。ビジネスパーソンの個人で言えば、学生から社会人になり、しっかりとした実力をつけて実績を積んでいくのが「成長期」で、そうやって積み上げた実績で作った信用で仕事をさらにレベルアップして積み重ねていくというのが「成熟期」です。
 また会社でも同じで、スタートアップで「ないないづくし」のベンチャーから、ある程度の売り上げや利益等を経てある程度会社が大きくなるまでが「成長期」で、さらにその実績を安定化させていくのが「成熟期」といったことになります。

 こう「切り分けて」いくと、「仕事を選ばない」や「まず『できます』と言う」、あるいは「死ぬほど働け」は一人前になるまでの「成長期」に対してであって、逆に「仕事は選べ」「できませんはできません」「ワークライフバランスを」は「成熟期」にある人に大事な考え方であるという理解ができるでしょう。
 ある意味ここまでの話は「当たり前」を整理しただけの話ではありますが、この「切り分ける」という概念を明確に意識することには、大きく二つの意味があります。

 一つ目は、これらは「どっちが正しいか」という類の話ではなく、「状況によって異なるものである」ということです。このことが意外に理解されていないと考えられるのは、「どっちがいいのか?」という議論が切り分けることなしに行われていることが多いからです。そもそも、それはどういう場面を想定しているのかという前提条件を明確にせずに是非(ぜひ)を論じている光景は滑稽(こっけい)にも見えます。
 こうした、「どっちが正しいか」の議論よりも「前提条件を明確に定義する」ということのほうが重要な場面は私たちの身の回りにあふれています。それがコミュニケーションギャップを生んでいるのであり、ギャップ解消のためには、「象の鼻としっぽ」を普段から意識することが重要だと思います。

 二つ目は、成功体験を記した本や自己啓発を説いた本でこうしたメッセージ、とくに「成熟期」に適した内容を読んだ「成長期」の読者は、誤解をしてはいけないということです。まだ実績もない人は「仕事を選ばず」、「まず『できます』と言い」、「寝食を忘れて働く」という時期が必要なのではないでしょうか。
 それを勘違いして、いきなり「こんな仕事はできません」の連発では、周りから「そんな発言、10年早い」と思われて、たちまち相手にされなくなるのは間違いないでしょう。「結果がすべて」のプロ野球選手でさえ、「オレ流」の練習方法が許されるの、はごく一部の実績を残した選手だけですから。

「仕事を選べ」と主張する人々は、じつは若いときには「死ぬほど働いてすべての仕事を受ける」ことで実績を積み重ねてきたという人が大半なのではないでしょうか。
 終わってみれば、「昔からそうすればよかった」という話に見えるのかも知れませんが、それは結果論であって、そもそも「仕事を選べる」ような状況になるための重要な要件が「仕事を選ばない」ことだったのかも知れません。
 あるいは、「できないものはできない」というのは、信頼関係を構築する上では重要なことですが、いまはそういうポリシーの人も、駆け出しのときには「何でもできます」と言って修羅場(しゅらば)を乗り切ってきたのかも知れません。
 過去を変えるのは「レバタラ」の世界なのでなんともいえませんが、「昔からそうしていればもっとうまくいっただろう」というのも、うまくいった人ならではの発言といえるのかも知れません。

 今回も「切り分けて考える」ことの重要性を解説しました。象の「鼻」を見てものを言っているのか、「しっぽ」を見てものを言っているのかを明確に意識することの重用性をおわかりいただけたでしょうか。

2010年4月19日