第10回 プロがもつ「違いがわかる」フィルター

 前回は凡人と達人のフィルターの「枠の大きさ」の違いについてお話しました。達人はフィルターの枠が大きい分、同じものが小さく見えるというのがポイントでした。
 今回はそれに加えてもう一つの「達人のフィルター」の特徴について解説します。じつは達人のフィルターは単に大きさが大きいだけではなく、「番地が書いてある白地図」のようになっているのです。図1を見てください。


図1


 凡人のフィルターが小さくて何も模様がないのに対して、達人のフィルターは大きいだけでなく、そこに「番地」が書いてある白地図のようなものになっています。これにはどういう意味があるのでしょうか。
 今度は下の図2を見てください。


図2


 これは「違う場所にいる異なる1頭の象」をその道の達人と凡人がどうとらえるかを示したものです。白地図の入った大きなフィルターで見ている達人には、「2丁目にいる象A」と5丁目にいる象B」がどういう位置関係にあるかが鮮明にわかります。
 これはなにげないことのようですが、「小さくて地図なし」のフィルターしかない凡人は各々の象の「アップ」を別々に見ることしかできないので、個別の象を見ている瞬間においては、それらの象はまったく同じように見えて区別ができないというわけです。
 これを私たちの身近な例で見てみましょう。

 例えば皆さんがスーパーで買い物をするとします。いま目の前にある大根と向こう側の大根を別々に見て、どちらのどういう点がどのくらい良いか悪いかを見分けることができるでしょうか。2つを並べてみれば見た目の形状や大きさであればある程度の相対的な関係はわかるでしょうが、質的にどちらが良いか悪いかはほとんど見分けがつかないのではないかと思います。
 同じことは肉でも魚でも他の野菜でも、ありとあらゆるものを「見極める」という場面について起こるでしょう。
 テニスやゴルフ、あるいはスキーのプロのコーチは、おそらく初めて指導する相手の素振りなどの基本動作を見ただけで、相手の力量をパワー、柔軟性、瞬発力等のいろいろな尺度から判断して「このぐらいの位置づけだ」ということを見破るはずです。
 これはどんな職業でも同じです。読者の皆さんにも、自分の職業や趣味等で「これだけは人には負けない」という領域では同じことができるのではないでしょうか。

 その道の達人は、大きな視点から見た自分なりのゆるぎない絶対的な「評価尺度」を持っています。そのために他人の噂話やそのときの感情に流されることなく、ものの良し悪しをしっかりと見極めることができるのです。
 これに対して、評価尺度を持たない凡人(あくまでも「その道の」という意味ですが)は、ひとつひとつの対象物を個別にしか見ることができないので、相対的に見た正常な評価ができないということが往々にしてあります。
 このように見てくると、達人とは「違いがわかる」人であるということもできるでしょう。これはいろいろな分野であてはまります。楽器のような音楽、絵画のような芸術においても素人にはさっぱりわからない違いがプロにはたちどころにしてわかります。凡人でもまったく同じ条件で2つのものを比較してみれば「違いがわかる」場面があるかも知れませんが、プロは、いちいち比較をせずに一つを見ただけでそれが「白地図」の中のどこに位置するものなのかを見抜いてしまうということです。
 これが、「達人(プロ)のフィルター」を通して物事を見るイメージです。
 同じものを見ても、それなりの白地図を持ってみるのとそうでないのとでは、見えてくること、わかることにおいて、歴然とした差がつくことがおわかりいただけたでしょうか。

2010年3月 3日