第22回 「職人気質」と「商人気質」の対立構図

  単行本化(梧桐書院刊『象の鼻としっぽ』)に伴ってしばらくお休みしてた本連載ですが、単行本に書ききれなかった内容や、さらに応用編、実践編ということで再開したいと思います。
  コミュニケーションギャップは、3つの根本原因から成るというのが本連載の基本となる考え方でした。それらは、(1)人は自分中心にしか考えられない、(2)「伝わっている」という幻想、そして(3)「象の鼻としっぽ」の構図によるということです。
  今後もこれらによるコミュニケーションギャップ、特に「象の鼻としっぽ」の構図が具体的にどういう場面で現れるかについて様々な視点から解説したいと思います。

~「規模の拡大」か「身の丈経営」か~

  再開1回目の今回のテーマは、「職人気質」と「商人気質」の対立構図です。
  街にはさまざまな飲食店がありますが、よく見てみれば、どのジャンルにも同じようなパターンがあることに気づくでしょう。
  例えば寿司屋です。カウンターだけしかなく、数人しか入れないお店でいつもお客がいっぱいで予約がなかなか取れないのに、人も増やさずお店を広げようともせず、かたくなにその規模で入れるお客だけを相手に仕事を続けている昔気質の職人的なお店があります。その一方で、全国どこへ行っても看板を見かけるような回転寿し等のチェーン店もあるでしょう。
  この構図は他のジャンルでも同様で、イタリアンやフレンチでも数席しかない店のままのスタイルを守るお店もあれば、まずは「弟子」を増やして店舗を2つ3つと増やし、レシピを共通化してさらに拡大し、果てはケーキ等はスーパーやコンビニでも売れるようにパケージ化して商品化するお店もあります。
これはラーメン屋でもお好み焼き屋でも全く同じ構図であることは、身近なお店を思い浮かべれば明らかだと思います。

  このような飲食店の例であれば非常にわかりやすいですが、この構図は他のものづくりでも同様です。建築でも、1年に数件しか仕事を取らないような建築士から、全国規模のハウスメーカーのように、標準化、パッケージ化を進めて大量生産する大企業があったり、あるいは洋服でも完全オーダーからイージーオーダー、そして完全に均一な「吊るし」の服までといった具合です。
  さらに範囲を広げれば、ビジネスのありとあらゆる場面で同じようなことが起こっています。会社の成長を考えていく上でも、「とにかく規模を大きくすること」を至上命題に掲げて売り上げの数字のみを重視する経営者もいれば、急拡大による品質低下や人材不足のリスクを考慮して「身の丈に合った経営」を重視する経営者もいます。

  ここまで挙げたような異なる会社の間であれば、こうした価値観の違いは問題になりませんが、例えば同じ部の来年の予算を考える上で、部内の課長たちの考え方が異なっていたり、営業担当者の中でも価値観が違っているときにコミュニケーションギャップが生じることになります。かたや「まずは売り上げを上げないことには話にならない」という主張で、かたや「人もいないのにどうするんだ」になったり、かたや「とにかく多くのお客様に買っていただかなくては」と主張し、かたや「それで商品やサービスの品質が下がったら元も子もない」という対立の構図です。

  これらのどちらのパターンを取るかは、「どちらが良い悪い」ということではなく、各々の人の価値観に左右されますが、これも「象の鼻としっぽ」の構図で説明ができます(図参照)。
一言で言えば、この対立構図は同じ対象物(この場合はビジネスそのもの)の「量」を見ているか「質」を見ているかの違いと言えます。

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~「モノ」か「カネ」か~

  ここで言う「質」は商品やサービスそのものということで、「量」は売り上げを代表とする「お金」ということになり、つまり「モノ」に対して執着がある「職人」と「カネ」に対しての執着が強い「商人」との対立構図を生み出します。
これが根本的な構図となって、これら2つのタイプの人は以下のように言動のパターンの相違が生まれます。

  品質を重視することは、結果として規模の拡大にはブレーキをかけることになります(全国に100軒ある店に「ミシュランの三ツ星」はつかないでしょう)から、職人型の人は、結果として人に頼った属人的な仕事の志向にならざるを得ません。これに対して規模の拡大を優先させる商人型の人は、なるべく人に仕事を任せ、かつ任せられる人を増やすとともに仕事を「誰でもできるような」仕組みが構築えきるように変えていこうとします。

  また、多少無理しても受注しなければ規模は拡大できませんから、まず「できます」と言ってからやり方は後から考えようというのが商人型の人で、それによって万一顧客の信用を落としては元も子もないと考える職人型の人は「できないものはできないとはっきり言う」という行動パターンを取ります。
別の言い方をすれば「期待値を下げようとする」のが職人気質で、逆に「期待値を上げようとする」のが商人気質と言えるでしょう。
  ここまでの言動パターンに落とせば、ほとんどすべての職場でこうした対立構図が起こっているであろうことに納得していただけるかと思います。

~だからどうする?~

  本連載で共通していることですが、「だからどうするの?」に対する答えは「そうした構図で認識の違いが起こっている」ということをまずはお互いに認識することが第一歩である、ということです。
その上でやるべきことは、基本的な価値観のレベルで認識合わせを行って、その後に詳細の数字や具体的な計画の中身の擦り合わせに入るべきだということです。
  「象の鼻としっぽ」を別々に見た状態で議論しても平行線が交わることは難しく、下手をすると人間関係にひびが入るといった事態にもなりかねないので注意が必要です。

(次回公開予定:2月4日)

2011年1月 8日