第3回 相手を追いつめる四つのセリフ

  相手を追いつめる言い方は、双方の立場や状況、関係性によって違ってくるが、どのような場合にもよく使われるフレーズがある。ただ相手を追いつめるだけで何の効果も期待できない無駄な言い方、ずばり言えば、口にしないほうがいいセリフである。
  代表的なものが四つあり、以下にあげる。

 

~「努力すればできないことはない」~

 

 「努力すればできないことはない」ということは、逆に言うと、「できなかったのは努力が足りないから」となる。言われた側がこう思ってしまうと、一気に悪循環に陥る。逃げ場はなく、自分の心にドリルで穴を開けていくような状態になる。しかも、たいていこれを言われるのは、努力をしている人だ。無理をせずにマイペースで生きている人は、言われない。一生懸命に努力をしながらも、内心で「足りないかな?」などとビクビクしているところへ、「努力が足りない」とガツンと言われるのだ。
  
  これはなぜかというと、相手の弱点を突くことがパワハラの常套手段であるからだ。マイペースで無理をせずに生きている人に「努力が足りない! 努力してできないことはないんだ」と言っても、「そうですね」と軽く返されておしまいだ。しかし、必死になってやっている人に対してはこのことばは効く。「努力してできないことはない」と言えば、「本当にそのとおりです」と、相手は受け入れる。そう考えると、残酷なセリフである。
  
  これらは、上司・部下の関係だけでなく、親子や夫婦関係にもあてはまる。
  ある夫婦のDV事例では、夫が仕事から帰ってきて、次のように言って妻を追いつめていた。
  「ただいま。……ここ、ホコリがあるけど、ちゃんと掃除した? 今日何やってたの? この1時間何やってたの? 掃除しようと思ってできないことはないでしょ。帰ってくる30分前に玄関を掃けばいいだけでしょ。やろうと思えばできないことはないでしょ」
  
  日々このような追いつめられ方をすると、恐怖によって、追いつめる側を「神」のような存在にしてしまうようになる。妻は夫の言動にビクビクするようになり、「今日は非難されないようにしよう」と、帰ってくる30分前に一生懸命にホコリを拭(ふ)きとる。夫に「風呂(ふろ)がぬるいじゃないか」と言われれば、「ああ、今度はお風呂をきちんとしないと……」となる。
  妻の行動規範が夫に支配され、つねに夫の顔色をうかがうようになり、妻はどんどんと追いつめられていく。

 

~「なぜだ、理由を言ってみろ」~

 

  「なぜだ、理由を言ってみろ」と言い、相手から理由を聞きだしたとしても、こちらが納得するような理由が出てくることはない。にもかかわらず、なぜか人は、相手の言動を責めるときに理由を聞く。
  なぜ理由を聞くのか。多くの場合それは、本当に理由を聞きたいのではなく、相手を組み伏せて自分が納得するためだ。「私はあなたの行動に納得できない。私を納得させてみなさい」ということであり、思いどおりにならない自分のストレスやイライラを解消するため、相手に理由を聞いているにすぎないのだ。
  言われた側は「どうせ何を言っても納得してくれない」ということがわかっているので、ことばが出なくなってしまう。「もの言えば唇寒し」どころではなく、「ものを言う前に口が凍る」という状態だ。
  
  これも職場に限らず、親子、夫婦の関係でもよく見られる。夫婦間のDVでは、このやり方で6時間も追いつめられた、という例がある。夫が妻を正座させ、「理由を言え」。妻は、言わないと何をされるかわからないので、何か言う。すると、そのことばじりをとらえ、「それは、おかしいじゃないか」と、延々続くのである。
  これは一つのテクニックではないかと思うくらい、「うまい追いつめ方」である。

 

~「キミのためを思ってやっている」~

 

  本当は、「キミのためだと“私が”思ってやっている」ということだが、「私が」は言わない。「キミのためを思って」と言ったとたんに、言われた側にバトンが渡される。愛情や好意というバトンである。言われた側は、それを受け取らないのは人として恥ずかしい行為である、と思ってしまう。そこには、「こんなすばらしいものを渡そうとしているのに、受け取らないの?」(キミのために言っているのに、そのとおりにしないのか)という圧力が働く。
  
  これを受け取らずに拒否すると、その提案を否定するとともに、相手の好意をも否定することになり、二重の意味での否定になってしまう。だから、(1)不本意ながらもバトンを受け取る(相手の言うとおりにする)か、あるいは、(2)バトンを受け取らずに「親(配偶者、上司)の好意を否定するだめな私」と自分を責めるか――のどちらかになる。
  その二者択一を迫られた相手は、思いどおりになるどころか、精神的に追いつめられ、事態はますます悪化する。

 

~いかにも論理的な正論~

 

  いかにも論理的かつ冷静に相手を説得する、というやり方である。「これはこういうものなんだ、だからこう言ってるんだ」と、論理的であるかのように正論を話す。男性によくあるタイプで、つまりは「こうあってほしい」「こうなってほしい」という自分の考えと、「なぜそれが正しいか」という理由を説明すれば、相手は納得し、納得すれば自分が考えているとおりの行動をとってくれるはずだ、というあまりに単純な考え方からきている。
 言ってみれば「人間機械論」だ。人間が自分の思いどおりに、つまり機械のように動かなければ気が済まないのだ。
 このような言い方をされると、自分は納得できていないのに無理やり承服させられ、反論もできず、追いつめられていくことになる。

(次回公開予定:1月18日)

 

2011年1月 5日