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        <title>梧桐書院WEB連載</title>
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        <description></description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2010</copyright>
        <lastBuildDate>Tue, 24 Aug 2010 00:06:00 +0900</lastBuildDate>
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        <item>
            <title>立川流鎖国論（4）　志らく伝説・下</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt"><span style="color: #0000ff;">【登場人物】</span></p>
<table class="bodytxt" style="color: #0000ff;" border="0">
<tbody>
<tr valign="top">
<td style="white-space:nowrap;">●立川志らく&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、私</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space:nowrap;">●落語立川流&hellip;&hellip;</td>
<td>立川談志が落語協会を脱会して設立。脱会によって寄席には出演できなくなり、独演会や一門会のみで活動することになった。脱会直前に弟子となったのが志の輔、脱会後に弟子になったのが談春、志らく、談笑。「寄席を知らない弟子たち」と呼ばれることもあり、それがタイトルの「立川流鎖国論」の由来。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;"><br />～AMとPM～</span></p>
<p class="bodytxt">妻とニューヨークに行ったとき、とんでもない失敗をやらかした。</p>
<p class="bodytxt">入門当初、落語家としてニューヨーク旅行に行ける身分になるとは想像もしていなかった。ニューヨークで落語会を開催することになり、全日空が全面協力をしてくれるというので、開催前に現地に下見という名目で妻と旅行をさせてもらったのだ。思い込みによる失敗は帰りに起こった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">帰国前夜、帰りの時刻を確かめようと飛行機のチケットを見た。「AM7:30」とそこに記されていた。でも私はまだ遊びに行きたい場所があり、勝手に「帰りは夜のフライトだ」と思い込んでいた。そのせいで、AMを午後だと脳が判断し、妻に「明日一日たっぷり遊べるよ」と話して、その晩は眠りについた。</p>
<p class="bodytxt">あくる日、ほうぼうを観光し、夕方、空港に向かうバスの中でもう一度航空券を確認した。「AM7:30」と当然ながら書いてある。AMは午後だと脳が主張する。しかしAMPMという言い方はするが、PMAMとは言わない。コンビニでもampmというのがある。</p>
<p class="bodytxt">午後・午前&hellip;&hellip;。脂汗が流れ出す。かたくなにAMを「午後」だと思い込んでいた脳が崩れ出す。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">AMと言えば、だれがなんと言おうが午前じゃないか。</p>
<p class="bodytxt">持参していた英会話の本を鞄（かばん）から取り出し、念のため調べてみる。</p>
<p class="bodytxt">「AM、午前のこと」</p>
<p class="bodytxt">己の間違いに気がつき、勇気をだして横でくつろいでいる妻に声をかけた。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「重大な発表があります」</p>
<p class="bodytxt">「なに？」</p>
<p class="bodytxt">「我々の乗る飛行機は、もう行ってしまいました」</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">唖然（あぜん）とする妻。ただただ笑い続ける私。</p>
<p class="bodytxt">仕方なく全日空と私の間に仲介役で入っていたニューヨーク在住の友人に電話して、全日空に事情を説明してもらった。それから空港そばのホテルを急遽（きゅうきょ）とってもらい、飛行機は明日の便に変えた。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">飛行機代は全日空がもってくれたが、こうなると余計なホテル代は当然ながら自前。しかし所持金が100ドルしかなかった。帰るつもりだったから使ってしまったのだ。クレジットカードは使用限度を超えており、そのホテルには日本円をおろせるATMがない。ホテル料金が50ドル。夕飯が30ドルかかった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">朝になり、空港まではタクシーに乗らないといけない距離。しかし、財布には20ドルしか残っていない。</p>
<p class="bodytxt">「まあ、空港はホテルの近所だろうから、10ドルあれば着くだろう」</p>
<p class="bodytxt">と、自分をそうやって勇気づけた。</p>
<p class="bodytxt">ホテルのカウンターでタクシーを手配してもらうと、なんとハイヤーのような車がきやがった。運転手は黒人。「ハイヤーでなくタクシーでいいです」と英語でどう言っていいかわからず、しずしずと車に乗り込んだ。</p>
<p class="bodytxt">車内に料金メーターがないではないか！　いったい我々夫婦はどうなるのか！　二日続けて脂汗がにじみ出てくる。</p>
<p class="bodytxt">時折、運転手がなにやら私に語りかけてくるが、何を言っているのかさっぱりわからず、ただ「イエス、イエス」とだけ連呼していた。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">数分で空港に到着。運転手が車から降りると、ドアを開けてくれて、トランクから荷物まで降ろしてくれようとしたので、私は「ノー、ノー」とここで初めて「NOと言える日本人」になった。</p>
<p class="bodytxt">「20ドルしか持っていないのだから、そこまでお世話になれませんよ。いくらですか？」</p>
<p class="bodytxt">と片言の英語で尋ねると、運転手はなにやらフィフティーンみたいなことを言っている。</p>
<p class="bodytxt">150ドルか！　と愕然（がくぜん）とする私だが、20ドルしか持っていないので、「ソウリー」と言いながら20ドルを渡した。</p>
<p class="bodytxt">どれだけ怒るだろうかと思ったら、「サンキュー」と言ってその場を去っていった。</p>
<p class="bodytxt">どうやら料金は15ドルで、私が20ドル渡したからお釣りの5ドルはチップだと思ったらしい。つまりホテルから空港まで15ドルと決まっていて、ホテル専属の車が送り迎えをしてくれていたのだ。</p>
<p class="bodytxt">黒い車＝ハイヤーと思い込み、黒人＝恐怖と思い込んでいたために、神経をすり減らしてしまったのだった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">～『オー』と『カー』と『マンマミーヤ』～</span></p>
<p class="bodytxt">その数年後、ラスベガスに妻と旅行した際も、くだらない思い込みをして汗みどろになったことがある。</p>
<p class="bodytxt">ラスベガスでショーを三つ観る予定になっていた。日本で予約をしておいて、現地のオカダヤという店でチケットを受け取る手はずになっていた。</p>
<p class="bodytxt">観る予定のショーは『オー』と『カー』と『マンマミーヤ』。8月5日に『オー』、6日に『カー』、7日に『マンマミーヤ』。</p>
<p class="bodytxt">しかし、これはたんにタイトルのゴロでその順番にしただけで、どういうことかというと、一番有名なのは水をテーマにしたイリュージョンの『オー』。どうしてもこれは観たかった。それで最初に『オー』。あとはなんでもよかった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">妻が有名なミュージカル『マンマミーヤ』を観たいというのでそれを観ることにし、火をテーマにしたイリュージョンの『カー』は旅行会社の人に勧められたので観ることにしただけだ。</p>
<p class="bodytxt">で、本当の順番は『オー』『マンマミーヤ』そして『カー』。でも私の中では『オー』以外はどうでもよかったので、『オー』とくれば『カー』であろう。『オー』『カー』『マンマミーヤ』の順となる。</p>
<p class="bodytxt">と、まるで狛犬（こまいぬ）の「あ」といえば「うん」のようにそう覚えてしまった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">オカダヤのカウンターで、</p>
<p class="bodytxt">「5日に『オー』、6日に『カー』、7日に『マンマミーヤ』で予約をしています」</p>
<p class="bodytxt">と告げると、受付の東南アジア系の人がいぶかしそうな顔をして、</p>
<p class="bodytxt">「『マンマミーヤ』は6日ですよ」</p>
<p class="bodytxt">と言ってきた。私は「そうですか」と言って、そのままチケットを受け取った。そして妻に、</p>
<p class="bodytxt">「あいつ、バカだね。6日は『カー』なのに」</p>
<p class="bodytxt">と笑った。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「6日に『カー』を観る」と思い込んでしまうと、その間違いを指摘されても気がつかない。ましてやその間違いを指摘した人間が「自分より馬鹿だ」と勝手に思い込んでしまう粗忽者（そこつもの）の私であった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">予定通り、5日に『オー』を観て6日を迎えた。『カー』は我々が宿泊をしていたMGMホテルの中にあるシアターでやっていた。PM7時の開演。もうAMとPMは間違えない。</p>
<p class="bodytxt">ホテル内でくつろぎ、6時半になり、そろそろシアターに向かおうと、チケットを確認した。すると何べん見てもチケットには「『カー』開催日8月7日」と書いてある。私はパニックに陥った。</p>
<p class="bodytxt">そこで真っ先に頭に浮かんだのが、いわゆるダブルブッキング。8月7日に『カー』と『マンマミーヤ』の二つのショーのチケットを購入してしまったと思ったのだ。</p>
<p class="bodytxt">妻に、</p>
<p class="bodytxt">「『カー』は今日じゃないよ。明日だった。明日は『マンマミーヤ』だけれども、こうなったらどちらかあきらめないといけないよ」</p>
<p class="bodytxt">と詫びた。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">しかし、そう言った直後、オカダヤの店員の言葉が頭をよぎった。</p>
<p class="bodytxt">「『マンマミーヤ』は6日ですよ」</p>
<p class="bodytxt">そこで初めて己の間違いに気がつく。</p>
<p class="bodytxt">「今日は『マンマミーヤ』だった。会場となるホテルは、マンダレイベイだ。7時の開演までまだ30分あるから、急ごう！」</p>
<p class="bodytxt">妻にそう告げたのだが、『マンマミーヤ』のチケットは部屋のサービス金庫の中であった。慌てて部屋に直行。しかし、ラスベガスのホテルはデカい。日本のホテルとはケタが違う。</p>
<p class="bodytxt">MGMは5000人収容できるデカさ。ホテルそのものが町なのである。</p>
<p class="bodytxt">エレベーターに飛び乗る。そういったときに限って、金髪のガキがすべての階のボタンを悪戯（いたずら）して押しやがる。</p>
<p class="bodytxt">各駅停車で自分の階まで行く。エレベーターを出てからが遠い。数百メートルの距離があった。</p>
<p class="bodytxt">全力で駆けて、チケットを手にし、エレベーターの中で見てみると、開演は7時半と書いてあった。一安心である。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">MGMからマンダレイベイまではそれほど遠くない。ホテルの正面玄関からその姿が見える。MGMの正面が、ホテル内にジェットコースターがあるニューヨーク・ニューヨーク。通りをはさんで左前に子供のお城みたいなエクスカリバー、その隣がピラミッド型のホテルルクソール。その隣が金ぴかに輝くマンダレイベイである。歩いて5分といった感じだ。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">でもこれが間違い。旅行会社の人にさんざん言われていた。</p>
<p class="bodytxt">「建物がすべて巨大なので、距離感が分からなくなりますよ。すぐそこだと思っても30分はかかると思ってください。それに真夏のラスベガスは想像を絶する暑さです。もともと、砂漠にホテルを建てたのだから、暑いに決まっていますがね。だから移動はなるべくタクシーかバス、モノレールを使ってくださいね」</p>
<p class="bodytxt">そう言われても、新宿駅南口から出てすぐ目の前に高島屋があるような感じでマンダレイベイが見えている。どうも日本人という民族は、タクシーで1メーターで降りるのは運転手に申しわけないという気持ちが働くみたいだ。</p>
<p class="bodytxt">時計を見ると6時45分。妻に私はこう告げた。</p>
<p class="bodytxt">「タクシーに乗る距離じゃない。第一、運転手さんに申し訳がない。歩いたって5分で着きそうな距離だ。旅行会社の人間の言葉を信じたとしても、せいぜい15分だよ。7時に到着すればちょうど開場時刻。それにルクソールのピラミッドと横に鎮座している偽物のスフィンクスをそばで見たいからさ、歩くことにしよう」</p>
<p class="bodytxt">二人はトコトコ歩き出した。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">すると、本当に遠いんですね。途中から走ったね。灼熱（しゃくねつ）の砂漠を妻と汗みどろになりながら。</p>
<p class="bodytxt">ピラミッドもスフィンクスも目に入りゃあしない。シアターに着いたのがなんと7時25分。新宿駅南口から高島屋まで40分かかってしまったのだ。</p>
<p class="bodytxt">おかげで肝心の『マンマミーヤ』の上演中、疲れから何度も船をこいでしまいました。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/shiraku/4.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">立川志らくの怒らないでください。</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 24 Aug 2010 00:06:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>話のプロセスかコンテンツか</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">男女のコミュニケーションギャップを取り扱ったベストセラーに『話を聞かない男、地図が読めない女』（アラン･ピーズ／バーバラ・ピーズ）、『ベストパートナーになるために』（ジョン・グレイ）があります。これらの本で扱われているコミュニケーションギャップのテーマと本連載の「象の鼻としっぽ」との関連を考えてみたいと思います。</p>
<p class="bodytxt">これらの本の中で紹介されている男女のものの見方の違いの一つとして<strong>「女性は話を聞いて欲しいだけなのに、男性は『問題を解決』しようとする」</strong>ということがあります。これは男性と女性のコミュニケーションギャップを端的に表している言葉です。</p>
<p class="bodytxt">たとえば『話を聞かない～』では「男は解決策を出したがる」とか、『ベストパートナー～』では、「男は分析して満足する、女は話してすっきりする」「『アドバイスよりなぐさめが欲しい』が女の言い分」といった表現で記述されています。</p>
<p class="bodytxt">必ずしもすべての男性と女性がこうであるとは思いませんが、傾向としてかなりの割合の人がこれに類するコミュニケーションギャップを体験したことがあるのではないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">ここではこのギャップを例にしてみます（以下、<strong>同書で語られている「典型的な」男性像を「男性」、同じく女性像を「女性」と表現</strong>します）。<br />この話における両者は、「象」のどういう側面を見ているのでしょうか。この話も、以前にも紹介した「切り分ける」ことで説明ができます。</p>
<p class="bodytxt"><strong>コミュニケーションには「コンテンツ」と「プロセス」という側面があります。</strong>「コンテンツ」はコミュニケーションの中身や内容で、「プロセス」はその伝え方、あるいは受け方と定義すればわかりやすいでしょう。コンテンツという本体をプロセスという包み紙でくるんでいるという表現もできるかと思います。</p>
<p class="bodytxt">このように「切り分け」て考えればおわかりでしょうか。男性というのはコミュニケーションの「コンテンツ」への着目度が高く、女性というのは主にコミュニケーションの「プロセス」への着目度が高いのです（図1）。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100812-1.gif" alt="illust20100812-1.gif" width="343" height="217" /></span>&nbsp;
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これらの違いを具体的に説明しましょう。先ほどの「女性は話を聞いて欲しいだけなのに、男性は『問題を解決』しようとする」という現象を例に取ります。</p>
<p class="bodytxt">コミュニケーション「プロセス」を重視する女性にとっては、つまらなそうに聞きながら（プロセス&times;）アドバイスをしてくれる（コンテンツ○）よりは、楽しそうにうなずきながら（プロセス○）何も言わずに（コンテンツ&times;）聞いているほうがはるかに快適に感じるのです。</p>
<p class="bodytxt">これに対して「コンテンツ」重視の男性は、内容がつまらない（コンテンツ&times;）と判断した話にはもう全く興味を持つことができません。また、同じ話を別の状況でされても、それには全く興味を示すことができません。これらの状況を図2にマトリックス形式で整理します。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100812-2.gif" alt="illust20100812-2.gif" width="284" height="188" /></span>&nbsp;
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これは「プロセスが良いか悪いか」と、「コンテンツが良いか悪いか」の組み合わせを示したものです。</p>
<p class="bodytxt">左上の「プロセスもコンテンツも良い」、あるいは右下の「プロセスもコンテンツも悪い」という領域に関しては、男性の評価も女性の評価も同じため、問題はありませんが、問題は左下の「プロセスは良いがコンテンツは悪い」という領域と右上の「プロセスは悪いがコンテンツは良い」という領域です。</p>
<p class="bodytxt">女性は前者をよしとしますが、男性は後者をよしとします。これが、「つまらない話でも一生懸命聞いてほしい」と考える女性と、「偉そうにだろうが、状況に合わなかろうが、中身を改善できるような話をすべきだ」と思っている男性の根本的な見解の相違ということになります。</p>
<p class="bodytxt">この他にも、「だまって同情的な目で聞いている」という状態は女性的な視点からは非常に評価が高くなりますが、男性的な視点からは意味がないということになります。</p>
<p class="bodytxt">たとえば、『話を聞かない～』の中に「男脳・女脳テスト」として、「口論しているときむかつく態度は？」という質問があります。これに対する回答は男女で異なります。</p>
<p class="bodytxt">● 相手の沈黙、あるいは無反応（女性）<br />● あなたの考え方を理解してもらえないこと（男性）</p>
<p class="bodytxt">これらも、ここまで述べたことをこの話をよく物語っているのではないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">こうした男性と女性のコミュニケーションに関する嗜好は、一朝一夕に修正することは難しいでしょう。むしろ重要なのは、この<strong>メカニズムを踏まえた上でコミュニケーションに臨む</strong>ことではないかと思います。</p>
<p class="bodytxt">相手の思考回路を理解しておけば、無用の争いをゼロにはできなくても、減らすことができるのではないでしょうか。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-99.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 17:04:46 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>立川流鎖国論(3)　志らく伝説・中</title>
            <description><![CDATA[<p><span style="color: #0000ff;"><span style="font-size: x-small;"><span style="background-color: #ffffff;"><span class="bodytxt"><span class="bodytxt" style="color: #3366ff;">&nbsp;</span></span></span></span></span></p>
<p><span class="bodytxt"><span style="color: #3366ff;">&nbsp;【登場人物】</span></span></p>
<p><span class="bodytxt"><span style="color: #3366ff;">&nbsp;</span></span></p>
<table style="COLOR: #0000ff" border="0">
<tbody class="bodytxt">
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;"><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">●立川談志&hellip;&hellip;</span></span></td>
<td><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">落語立川流家元、志らくの師匠</span></span></td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;"><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">●立川志らく&hellip;&hellip;</span></span></td>
<td><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">落語立川流真打ち、私</span></span></td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;"><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">●落語立川流&hellip;&hellip;</span></span></td>
<td><span style="background-color: #ffffff;"><span style="color: #3366ff;">立川談志が落語協会を脱会して設立。脱会によって寄席には出演できなくなり、独演会や一門会のみで活動することになった。脱会直前に弟子となったのが志の輔、脱会後に弟子になったのが談春、志らく以下。「寄席を知らない弟子たち」と呼ばれることもあり、それがタイトルの「立川流鎖国論」の由来。</span></span></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p><span style="background-color: #ffffff;">&nbsp;</span></p>
<p align="center"><span style="font-size: small;"><span class="bodytxt">&nbsp;</span></span></p>
<p align="center"><span class="bodytxt"><span style="color: #3366ff;">～13日の「土」曜日～</span> </span></p>
<p align="center"><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　志らくが談志の真似を始めたぞ、と落語ファンの間に噂（うわさ）がひろまった事件がある。私が独演会に穴をあけそうになったのだ。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「志らく独演会」なのに志らくが来ない。弟子が汗水垂らしてつないだそうだ。でも、私は談志の真似をしたわけではない。ただの勘違いである。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　小林小屋というプロダクションが主催する志らく独演会。冬季オリンピック開会式の日だった。独演会は2月13日の土曜日。私は日曜日だと思い込んでいた。「2月13日の日曜日」と頭にインプットされていた。しかし実際は、日曜日は2月14日で、2月13日は土曜日であった。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　この思い込みが激しいのも私の特徴だ。あとでその話はするが、とにかく「独演会は日曜日だ」と思い込んでしまっていたのだ。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　その日は昼からゴロゴロしていた。夕方になってテレビでオリンピックの開会式を見ていた。あともう少しで日本の入場だ。すると妻が私のスケジュール帳を見て、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「今日、独演会じゃないの」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と言い出した。私は笑いながら、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「独演会は日曜日だよ、今日は土曜日だから明日が独演会だよ」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　と相手にしなかった。しかし、妻は言い返してきた。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「だって手帳にそう書いてあるもん」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「ならば書き間違えだ、バカ野郎」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と、私は妻を罵（ののし）った。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　少し不安になって自分のスケジュール帳を見ると、そこには「2月13日土曜日市ヶ谷で</span><span class="bodytxt">独演会」と書かれてあった。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　私は「これは何かと間違えだ！」と叫んだ。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p class="bodytxt">　　13日は日曜日のはずだ。今日が土曜日ならば13日のはずがない。しかしテレビでは、アナウンサーがはっきりと「日本時間2010年2月13日土曜日、冬季オリンピックの開会でございます」と言っているではないか。アナウンサーが間違えるはずもない。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;　　おそるおそる携帯電話を手にしたら、マネージャーから複数回の着信履歴があった。私は、オフの日は携帯をサイレントモードにしているのでいくら携帯が鳴ってもわからない。</p>
<p><span class="bodytxt">　　留守電を聞いてみると、マネージャーの声で「志らくさん今どこにいますか、もうじき落語会が始まりますよ」と入っていた。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　時計を見ると、時刻は午後6時45分。会が始まるのは6時30分。私はあわてふためいてマネージャーに電話をした。マネージャーが、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「今どこにいるんですか」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と電話越しでもわかるぐらい青ざめた感じで聞いてきたので、正直に、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「家だよ」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と答えた。絶句するマネージャーに私は、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「あれっ？　明日でしょ独演会は」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と白々しく聞いた。するとマネージャーは、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「今日ですよ！　もう始まってます。すぐに来て下さい。弟子でつないでいますから」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と叫んだ。私はその言葉を聞くと、妻に「お前が正しかった」とだけ伝え、急いで着替え、家を飛び出した。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　 </span></p>
<p align="center"><span class="bodytxt" style="font-size: x-small;"><span class="bodytxt" style="color: #3366ff;"><span style="font-size: small;">～案外近い千葉～</span></span></span></p>
<p align="center"><span style="font-size: x-small;"><span class="bodytxt">&nbsp;</span></span></p>
<p style="text-align: left;"><span class="bodytxt">　　家から駅まで歩いて15分。タクシーを捕まえようとしたが、そういったときに限ってタクシーが見当たらない。とにかく走った。</span></p>
<p style="text-align: left;"><span class="bodytxt">&nbsp; </span><span class="bodytxt">マネージャーに電話したのが午後6時45分。己の間違えに気が付き、着替えて家を飛び出し、まで15分かかるのに7時2分には電車に乗っていた。</span></p>
<p class="bodytxt">　「我ながら凄い」と唸（うな）った。唸っている場合か！</p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　携帯の乗り換えサイトで市ヶ谷（いちがや・東京都千代田区）駅の到着時間を検索してみた。到着時間は午後7時35分。その旨（むね）をマネージャーにメールした。マネージャーから、「駅の改札に志らら（弟子）が迎えに行く」と返信があった。かなりの遅れではあるが、まあ許される範囲であると安心した。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　しかしこのとき、思い込みの激しい私の性格がさらなるパニックをもたらした。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　私は、独演会の場所を市川（いちかわ）と思い込んでいた。千葉県の市川だ。だからマネージャーに連絡したとき、これはとうてい間に合わないと思った。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　我が家は練馬（ねりま）である。市川までは1時間以上かかるはずだ。でも携帯で検索したら到着時間が7時35分とでた。なんだ、「千葉って近いね」と心の中で笑った。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　ちゃんと「市ヶ谷」で検索しているのに、頭では「市川」と思い込んでいるから笑える。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　高田馬場（たかだのばば）駅で地下鉄に乗り換える。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　髭（ひげ）を剃（そ）っている時間がなかったから、駅のホームで電車を待つ間に剃ろうとしたが、周りに人がいて恥ずかしくて剃れない。電車がホームに滑り込んできたときに、その騒音にまぎれて慌ててこそこそと電気剃刀（でんきかみそり）で髭を剃った。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　で、電車に乗り、もう一度携帯で到着時間を検索してみた。すると九段下（くだんした）駅で乗り換えとなっていて、九段下駅から3分で市ヶ谷に到着するとの表示。「これは変だ」と思った。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　そりゃそうだ。こちとら千葉の市川に行こうと思っているんだから。まさか九段下から3分で千葉県に着くはずがない。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　ここですさまじいパニックに陥る。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　果たして私は、自分がどこに行こうとしているのか、わからなくなってしまった。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　携帯では「市ヶ谷」と検索している。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　でも私は「市川」に行こうとしている。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　手帳を見ると「市ヶ谷」と書いてある。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　何がなんだかわからなくなり、鞄（かばん）の中をひっくり返して、マネージャーから渡された会場地図を引っ張り出した。そこには、「市ヶ谷」と書かれていた。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　なぜ「市川」と思い込んだのかというと、市ヶ谷で落語会をやったことがなく、市川では何回もやっているので、勝手にそう思ってしまっただけ。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　会場に着いて急いで着替え、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「談志の真似をしたわけじゃない。ただの勘違いでして、家でオリンピックの開会式を見ていました。もし日本の入場を見ていたら、ここにはまだ来ていません」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と、詫（わ）びながら笑いをとって、『短命（たんめい）』と『文七元結（ぶんしちもっとい）』の2席をつづけて演じて、客に許していただいた。</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　主催者は談志の旧友で、私のことをことのほかかわいがってくれていて、遅れてきたこの粗忽者（そこつもの）を怒ることもなく、</span></p>
<p><span class="bodytxt">　「弟子を鍛えるためにわざとやったんだよな」</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　と豪快に笑いとばしてくれたのだった。</span></p>
<p><span class="bodytxt">&nbsp;</span></p>
<p><span class="bodytxt">　　</span></p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/shiraku/1-3.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">立川志らくの怒らないでください。</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 07 Aug 2010 17:34:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「部分」を「全体」と思い込む勘違いのメカニズム</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">ここまでさまざまな形で解説してきた「象の鼻としっぽ」のメカニズムですが、根底に共通して流れる私たちの「勘違い」として「単なる『部分』であることを『全体』と認識してしまう」ことがあります。「地図」の話や各個人の「固有の尺度」の話も、すべては「象の鼻やしっぽ」だけからそれを象の全体だと思い込んでしまうという誤解から来ています。</p>
<p class="bodytxt"><strong>「部分を全体だと思い込んでしまうこと」</strong>の直接的な事例を今回はお話ししましょう。</p>
<p class="bodytxt">以下の発言を考えてみてください。</p>
<p class="bodytxt"><strong>1．「Aさんって意外に芯（しん）が強い人なのね」<br />2．「アメリカの航空会社ってサービス悪いよね」<br />3．「ちかごろの若いものは我慢が足りなくて困る」</strong></p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">まずは１つ目の「Aさんって意外に芯（しん）が強い人なのね」です。こういう発言をしている人は一体どれだけAさんのことを知った上でAさんについて語っているのでしょうか。「中学校高校の同級生以来10年以上のつきあいの親友」から語られるならまだしも、「つきあって3ヶ月でいままで5回しか会ったことのない知り合いからこう言われたら、Aさんもさぞかし心外なことでしょう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これは、こういう発言をする人が<strong>会って数回だけでAさんの全体像を心の中で「勝手に」作り上げ、これに該当しないものを「意外だ」と勝手に決めつけているだけ</strong>と言えるでしょう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">続いて2番目の「アメリカの航空会社ってサービス悪いよね」です。これもその航空会社を何百回も使っている人ならいざ知らず、こういう発言をする人の大半は数回しかこの航空会社を利用したことのない人です（そもそもよほどの「国際派ビジネスマン」でもない限り、ひとつの航空会社を何十回も利用する人はいないでしょう）。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「たまたま」そのときのフライトで経験したこととか、「たまたま」そのときの担当だったフライトアテンダントの印象をもって一般化してしまっているわけです。これぞまさに「象の鼻だけを見て全体だと思ってしまう」の典型例と言えるでしょう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">この話に限らず、私たちは外国人や自分と普段縁のない職業の人を見たときには（たとえ最初の一人であっても）、「○○の人はこういう性質である」という偏見を持ってしまいがちです。これは<strong>「過度の一般化による勘違い」</strong>とでも言えるでしょう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">そして3番目が「ちかごろの若いものは我慢が足りなくて困る」です。この例に限らず、「ちかごろの若いものは&hellip;&hellip;」は、「年配者の勘違いワード」の筆頭ではないかと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">まずこの言葉に込められた1つ目の勘違いは前述した「過度の一般化」のメカニズムです（世の中には「立派な若者」だってたくさんいますよ）。それに加えてこの事例で顕著なのが、<strong>「自分が『そう思いたい』と思っている事例を1つでも見ると、その事例をそういう認識でとらえてしまう」</strong>という特徴です。</p>
<p class="bodytxt">年配者というものは、いつの時代も若者が未熟に見えて仕方がない。これは人間のDNAに染み付いているのではないかと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">もともとそういう目で見ることによって、「過度の一般化」が促進されてしまうというメカニズムは、他の場面でもあてはまるのではないかと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">ここまでのお話をいつもの通り「象」の話に対応させたのが下図です。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100729.gif" alt="illust20100729.gif" width="559" height="290" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><span style="font-size: 12px; line-height: 21px;">今回のこのお話も「それってすべての人にあてはまるんじゃなくて『単なる部分』じゃないの？」という読者の皆さんからの突っ込みがあるのではないかと思いますので、一言補足しておきます。</span></p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">その通り、私は世の中の全員を調査した上でお話をしているわけではなく、限られた自らの経験の中で話しているに過ぎません（少なくともすべて数十以上のサンプルに基づいてはいますが）し、すべてを膨大な実験や統計データに基づいて語っているわけではありません。ただこの話のポイントは、<strong>コミュニケーションは「伝わっていない」と考えているほうが安全な認識</strong>であり、そう考えていたほうがうまくいくというところなのです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">少なくとも何割かでもこういった勘違いをしている人たちがいると認識していれば間違いはないでしょう（「私たちはみな」という表現をしばしば使っている通り、ここまでお話ししてきた「勘違い」に例外はない、というのが私の確信に近い仮説ではあります）。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-98.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 29 Jul 2010 09:41:13 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>立川流鎖国論(2)　立川ボーイズ伝説</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt"><span style="color: #0000ff;">【登場人物】</span></p>
<table class="bodytxt" style="color: #0000ff;" border="0">
<tbody>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川談志&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流家元、志らくの師匠</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●春風亭昇太&hellip;&hellip;</td>
<td>落語芸術協会真打ち、志らくの先輩</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川談春&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、志らくの兄弟子</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●柳家花緑&hellip;&hellip;</td>
<td>落語協会真打ち、志らくの後輩、祖父が柳家小さん（談志の師匠）。志らくとはたびたび二人会を開いている</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川志らく&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、私</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●落語立川流&hellip;&hellip;</td>
<td>立川談志が落語協会を脱会して設立。脱会によって寄席には出演できなくなり、独演会や一門会のみで活動することになった。脱会直前に弟子となったのが志の輔、脱会後に弟子になったのが談春、志らく、談笑。「寄席を知らない弟子たち」と呼ばれることもあり、それがタイトルの「立川流鎖国論」の由来。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;"><br />～志らく5分、談春55分～</span></p>
<p class="bodytxt">談志はその昔、よく仕事に穴をあけることで伝説をこしらえた。落語をやりに行ったらば先方の対応があまりに悪く、怒って帰っちゃったとか、客がうるさいので落語を中断して帰っちゃったとか。</p>
<p class="bodytxt">「まさか志らくさんはそういうことはしませんよね」と言われるが、さにあらず。談志ほどの武勇伝こそないが、怒って帰っちゃったことが何度かある。私の場合、談志のように乱暴ではない。こそこそ帰る。こそこそ高座から降りる、である。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">談春兄（だんしゅんあに）さんと、とある高校で落語をやることになった。2人で1時間の持ち時間であった。まず私が高座に上がった。すると高校生が完全にだれきっていた。教室に特設高座を設けての落語会だったのだが、生徒はふてくされ、机に突っ伏していやがった。頭にきて、5分だけで高座から降りちゃった。</p>
<p class="bodytxt">談春兄さんは慌てたね。まだ持ち時間が55分もあるじゃないかと怒りながら高座に上がっていった。で、きちんと古典落語を55分演じておりました。さすがは平成の名人だ。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">成人式で落語を頼まれたことがあった。これも談春兄さんとの仕事。このときも2人で1時間。で、さっぱり客が噺（はなし）を聞かない。こんなところで落語をやる自分がかわいそうになり、やはり5分で降りちゃった。</p>
<p class="bodytxt">談春兄さんは慣れたもんで、愚痴もこぼさず淡々と古典落語を私の持ち分までやっていた。慣れというものは大切ですね。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">～早稲田大学正門事件～</span></p>
<p class="bodytxt">談春兄さんとは「立川ボーイズ」というチーム名でコントをやっていたので、のべつ一緒に仕事をしていた時期がある。端（はた）から見ると談春のほうが乱暴に見えるが、このころは志らくのほうが乱暴だった。テレビの仕事も結構やっていたが、プロデューサーやディレクター、放送作家と上手に付き合い、仕事を円滑にすすめられたのは全部談春兄さんのおかげである。</p>
<p class="bodytxt">人付き合いが悪く、わがままで、怒るとこそこそ逃げる志らくではあったが、たまにキレることもあった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">2人が早稲田大学の学園祭に呼ばれた際、正門で木戸をつかれてしまった。入場料代わりに学園祭のパンフレットを買わないと中には入れないと係の学生がいうのである。我々は招かれたのになんで金を払わなければいけないのか納得できず、要は係の学生にきちんと状況が伝わっていなかっただけのことなのだが、どうやっても中に入れてもらえない。どんなに説明しても「パンフレットを買え」の一点張り。</p>
<p class="bodytxt">談春兄さんはこの状況にあきれて「もう帰ろうじゃねぇか」と言い出し、3メートルぐらい歩き出す。でも私が粘って学生に説明をしているとすぐに戻ってきて、「だから帰っちまえばいいんだよ」と吐き捨てて、また3メートルぐらい歩きだす。これを数回繰り返したところで、「学生が根負けして、わかりました、入っていいですよ」と言ったのだ。</p>
<p class="bodytxt">しかしそう言ったあと、軽く舌打ちをしたのが私の耳に入ってきた。私は学生の胸ぐらをつかみ「ふざけた態度をとるな！　謝れ！」と怒鳴り散らした。</p>
<p class="bodytxt">その剣幕に談春兄さんが驚いて、まあまあと私を止めたのである。現在、「立川談春＝恐怖」と信じている人には、にわかには信じられない光景であろう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">最近、地方の落語会の主催者が2週にわたって、談春、志らくの会を相次いで催したのだが、主催者が落語会終了の打ち上げで私に次のようにこぼしてきた。</p>
<p class="bodytxt">「志らくさんだと楽ですよ。談春さんだとピリピリしちゃって。落語会が終わった直後、楽屋に呼ばれて、そこに正座しろと言われて永遠1時間も小言（こごと）ですよ。お前は落語会の主催者としてなっていないって。志らくさんとは本当に楽しく会ができましたよ」</p>
<p class="bodytxt">と言われたぐらいだ。</p>
<p class="bodytxt">怒らないと私は実に紳士に見えるらしい。魔太郎なのにね。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">～AVと鉄棒とAKB48～</span></p>
<p class="bodytxt">柳家花緑（やなぎやかろく）とトークショウを頼まれたことがある。月例でやっている大田区の下丸子落語倶楽部（しもまるこらくごくらぶ）の2人のオープニングトークの評判がよく、それをやってほしいという依頼だった。場所は東京体育館。あんな大きな会場に、志らくと花緑がおしゃべりをするだけで客が集まるのか不安であったが、ふたをあけてみたら、なんのことはない、満席。</p>
<p class="bodytxt">しかし、トークがてんでうけない。で、我々のあとに少女の集団がステージにかけ上がり、歌い出した。会場の盛り上がり方のすさまじいこと。</p>
<p class="bodytxt">聞いたらば、彼女たちはAKB48だという。その当時、私はまったく彼女たちについての知識がなく、素人の女の子の集まりだと思っていた。でも観客の盛り上がりをみて、この客は彼女たち目当てであることに気が付き、無性に腹がたってきた。</p>
<p class="bodytxt">志らくと花緑のトークは彼女たちの前座だったのか！</p>
<p class="bodytxt">もちろん、打ち合わせのときにAKB48のことは聞いているはずだ。でも興味がないから耳に入っていない。呆然（ぼうぜん）とする私に向かって、主催者が、彼女たちの後にまたステージにあがって、外国人とAKBと一緒にジェスチャーゲームをやってくれと言ってきた。</p>
<p class="bodytxt">まあ最初からそういう段取りだったのだろうが、素人の女の子の集まりの前座にされたことが許せず、私はもうステージには上がらないと主張した。主催者は困惑していた。</p>
<p class="bodytxt">すると花緑が、</p>
<p class="bodytxt">「これは兄さんのやる仕事じゃないよ、俺はこういうの好きだからあとは任せて」</p>
<p class="bodytxt">と1人でステージに上がっていった。いいやつだ、花緑は。</p>
<p class="bodytxt">私は当時所属していた立川企画の社長に、「もう帰るから」と怒りをぶつけた。すると社長は、</p>
<p class="bodytxt">「勘弁してくれよ、ギャラがよかったんだよ」</p>
<p class="bodytxt">と苦笑いを浮かべた。ギャラがいいなら仕方ないやと、社長を許し、AKBと無邪気に遊ぶ花緑を後にして、こそこそと東京体育館をあとにする私であった。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">春風亭昇太（しゅんぷうていしょうた）兄さんと、とある高校に落語をしにいったときの話がある。当時私は深夜テレビのレギュラーを持っていて、その番組内でちょっとエッチなことをしていた。毎週、AV女優をゲストに呼んで鉄棒に逆さにぶら下げて、オッパイを露出させながらインタビューをするという、はなはだ情けない仕事をしたもんだと今となっては後悔しているが、そのせいもあり、私が高座に登場するとものすごい歓声が沸き上がった。そのほとんどが野次である。</p>
<p class="bodytxt">「AVは一緒じゃないのか」「鉄棒はどこだ」云々（うんぬん）。</p>
<p class="bodytxt">前座があがったときからすでに落語をやる雰囲気ではないぐらい礼儀のなっていない子供たちだったのだが、私の出現により場内はストリップ劇場みたいになってしまった。</p>
<p class="bodytxt">私はむかついて、高座に座ったとたん、</p>
<p class="bodytxt">「うるせぇ！　静かにしやがれ」</p>
<p class="bodytxt">と怒鳴ってしまった。</p>
<p class="bodytxt">彼らはマイク越しに芸人に怒鳴られたことなどなかったろう。子供たちは水を打ったように静かになった。でも情けないことに、落語を語りはじめてもずっと客席は静まり返っていた。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">こんなこともあった。とある余興を頼まれたときの話。台本を見てあまりに内容がふざけていたので、怒り狂った。</p>
<p class="bodytxt">「いやらしい美女が落語家に寄り添い遊ぶ」という、どんな内容かはもう忘れてしまったが、落語とエロを一緒にする内容だった。AVと鉄棒をやっていた落語家がなにを言うかであるが、着物姿でエロをやることが嫌だった。</p>
<p class="bodytxt">立川企画の社長に「現場には行かない」と電話で伝えた。社長は「来てもらわんと困る」と怒った。怒ったって駄目だ。</p>
<p class="bodytxt">「私はこのまま数日姿をくらますから探しても無駄だ」</p>
<p class="bodytxt">と言って電話をきった。</p>
<p class="bodytxt">社長は仕方なく、「志らくが病気で倒れて入院をした」と先方に伝えたそうな。</p>
<p class="bodytxt">「志らく緊急入院」に私の驚いた弟子が我が家に駆けつけたが、「仕事に行きたくなかっただけだ」と言った私に、彼らはたぶん談志を重ね合わせたに違いない。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/shiraku/2.html</link>
            <guid>http://special.gotoshoin.com/shiraku/2.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">立川志らくの怒らないでください。</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 28 Jul 2010 17:20:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>立川流鎖国論(1)　志らく伝説・上</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt"><span style="color: #0000ff;">【登場人物】</span></p>
<table class="bodytxt" style="color:blue;" border="0">
<tbody>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川談志&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流家元、志らくの師匠</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●快楽亭ブラック&hellip;&hellip;</td>
<td>元・落語立川流真打ち、元・志らくの兄弟子</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川志の輔&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、志らくの兄弟子</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川談春&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、志らくの兄弟子</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川談笑&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、志らくの弟弟子</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●柳家一琴&hellip;&hellip;</td>
<td>落語協会真打ち、柳家小三治の弟子。志らく演出・監督の芝居にたびたび出演</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●立川志らく&hellip;&hellip;</td>
<td>落語立川流真打ち、私</td>
</tr>
<tr valign="top">
<td style="white-space: nowrap;">●落語立川流&hellip;&hellip;</td>
<td>立川談志が落語協会を脱会して設立。脱会によって寄席には出演できなくなり、独演会や一門会のみで活動することになった。脱会直前に弟子となったのが志の輔、脱会後に弟子になったのが談春、志らく、談笑。「寄席を知らない弟子たち」と呼ばれることもあり、それがタイトルの「立川流鎖国論」の由来。</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">〜特異な落語家集団〜</span></p>
<p class="bodytxt">　落語家生活25周年。とにかく師匠である談志の生きざまをみながら、影響されまくり、自分も談志と同じような落語家になれるのではないかと思い、持ったが病で映画監督をし、演劇の世界に飛び込み、試行錯誤しながら、もがきまくってきた25年である。</p>
<p class="bodytxt">　普通、弟子は談志の弟子になった時点で談志のものすごさに恐れおののいて、到底自分の才能ではあんなすさまじい落語家になれるはずもないとあきらめるか、あるいは志の輔兄さんや談笑のように、まったく違うアプローチから「談志超え」に挑むかのどちらかである。</p>
<p class="bodytxt">　それを真っ向から、つまり談志の落語に対する了見の部分で談志にぶつかっていったのが志らくであり、古典落語の美学の部分でぶつかっていったというか、うまいこといただいた、では語弊があるかもしれないが、談志のテクニックを見事に吸収して持てはやされたのが談春兄さんということになる。</p>
<p class="bodytxt">　まあ、志らく・談春の二人は怖いもの知らずの大馬鹿野郎か、あるいはとてつもない天才であろう。私の場合は、時には談志から「似たような価値観を持っている」と評され、時には「落語をなめている」と叱られ、「この下手くそめ」とののしられ、「でも才能だけならば落語家の中ではこいつが一番」と褒めたたえられ、その言葉を信じ、喜んで方々に吹聴しまくり、我こそが談志イズムの継承者だと自負し、多くの敵をこしらえつつも数多くの文化人に愛されてきた。</p>
<p class="bodytxt">　何が言いたいのかというと、談志の幻影に狂った立川志らくという落語家が、日ごろなにを考えているのかを、それは落語論とかではなく、落語論は新潮社で出版しているからそちらを読んでね、とちゃっかり他社の宣伝をしつつ、つまりそれらをまとめて徒然なるままに書きなぐれば、もしかしたら立川流という特異な落語家集団の、というか世間からみたらそれは新興宗教に近いだろうが、鎖国的考えが見られるのではないかと。</p>
<p class="bodytxt">　そう、「傑出した文化は鎖国から生まれる」という理論からすると、一時の立川流は間違いなく鎖国社会であり、だからこそ志の輔、談春、志らく、談笑といったタイプの違う落語家が誕生したのである。そのことを論理的にではなく、総合的に私の雑記から読みとってもらえばいいと願いつつ、愚かしいことこのうえないが、脈絡もなく書きつづることにする。</p>
<p class="bodytxt">　題して「志らくの立川流鎖国論」&hellip;&hellip;「論理的じゃない」と言いながらもタイトルに論をいれる厚顔無恥をどうぞ笑い飛ばしてくんなまし。</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">〜電波芸者の下品さ〜</span></p>
<p class="bodytxt">　自分に伝説があるはずもなく、またあったとしても自らの口から言えばそれは伝説ではなく、ただの自慢話になってしまうし、チェーホフの言葉ではないが、善き人は犬の前ですら恥ずかしさを感ずるもので、よくもまあ、いけしゃあしゃあと「志らく伝説」なんて銘打つもんだ。</p>
<p class="bodytxt">　ただこうやってテレているあたりがまだ救いがあり、最近の芸能人の何が嫌かというと、テレがない輩のなんと多いことか。まあ芸能人と呼ばれている大半は電波芸者であり、世間様にさからわず、ただ煽るだけで、例えば、サッカーワールドカップの監督の岡ちゃん。負けている時はボロクソで辞めちゃえコール連発、それがひとたび勝利するやいなや、英雄に祭りたてる。</p>
<p class="bodytxt">　ワイドショーのコメンテーターの「長いものにはまかれろ的」態度は、人間らしいと言えば確かにそうだが、品がないことおびただしい。</p>
<p class="bodytxt">　話を戻すと、先日、とあるテレビ番組で芸能人の私服やバッグの値段ランキングなるものを発表していたが、下品の一言だ。</p>
<p class="bodytxt">　私服に何十万かけていますだの、エルメスのバッグで何百万だの、それを恥ずかし気もなく鼻高々に自慢している。芸人ならば、お洒落である必要はあるが、値段は口外すべきではない。</p>
<p class="bodytxt">　芸人の基本はテレである。これがない芸人の芸なんぞ、なにが楽しいものか。このテレが哀愁に変化して魅力的な芸人になるのだ。渥美清が私服に何百万もかけているなんてテレビで言うか？</p>
<p class="bodytxt">　談志がイトーヨーカ堂のジャケットを着ていたらばルイ・ヴィトンに見え、セコな噺家がルイ・ヴィトンのジャケットを着たならばイトーヨーカ堂に見えるだけのことだ。</p>
<p style="text-align: center;"><span class="bodytxt"><span style="color: #0000ff;">〜敵をこしらえる生き方〜</span></span></p>
<p class="bodytxt">　ちっとも話が元に戻らない。私の伝説であった。</p>
<p class="bodytxt">　立川志らくという芸人は、普段はおとなしい人間なのだが、嫌なことは絶対に嫌という性格で、また若き日に談志から「落語家は馬鹿ばかりだからお前だけは馬鹿になるな」と教育されてしまった環境も合わさり、落語家とは基本付き合わないことにしている。</p>
<p class="bodytxt">　売れている落語家としか付き合わない。柳家一琴（やなぎやいっきん）がいたか。あいつとは腐れ縁。弟弟子（おとうどでし）の柳家三三（やなぎやさんざ）が売れてきたのだから頼むよ、もう少し売れてくれよ、一琴。他の落語家が経験できない経験をたくさんしてきたではないか。向田邦子の「あ・うん」の主演までやったのだぞ。もっと自信をもって生きてくれ、って一琴にエールを送っている場合ではない。</p>
<p class="bodytxt">　売れている落語家としか付き合わないという話だ。こんな生き方をしているから多くの敵をこしらえる。兄弟子にも嫌われる。でもかまわない。尊敬している人から愛されれば、どうでもいい人から嫌われたってかまわない。</p>
<p class="bodytxt" style="text-align: center;"><span style="color: #0000ff;">〜悪魔の子〜</span></p>
<p class="bodytxt">　とにかく好き嫌いは実にはっきりとしている。ならば竹を割ったような男らしい人間かというとこれがまったく違うから面白い。どちらかというと藤子不二雄の『魔太郎が来る!!』の魔太郎みたいな性格である。いじいじしていて愚痴っぽく、嫉妬（しっと）深く、怨（うら）みをはらさでおくべきかといったところがある。</p>
<p class="bodytxt">　実際、人を呪（のろ）う力まである。現在の妻と交際し始めたころ、妻を追いかけ回していた男がいた。その存在を知った私は彼を呪った。すると一週間後、彼は交通事故で死んでしまった。たまたまだと思うだろうが、妻と同棲を始めたときに妻に言い寄ってきた男がいた。電話で男と喧嘩もした。私は頭にきて、今度は死なない程度に呪ってやった。すると数日後、男は病気になり記憶喪失になってしまった。</p>
<p class="bodytxt">　私の監督した映画作品を立川キウイの落語よりひどいと評し、高座でのべつ私の悪口をいい、私が前妻と別れた状況をからかった新作落語『志らくの子別れ』を演じた快楽亭ブラックさんは、自らが書いた脚本の映画撮影の際、怪我をして救急車で運ばれ、そのときに「これは志らくの呪いだ！」と叫んだそうだ。ブラックさんを呪ったことはないけど、現在彼は借金問題で立川流からか除名されてしまっている。</p>
<p class="bodytxt">　　</p>
<p class="bodytxt">　妻は私のこの力を目の当たりにしているので、私をなるべく怒らせないようにしている。以前、歩道で無礼な自転車運転をする若者がいたので、かたわらにいた妻にその不満を訴え、一言小声で「自転車は車道を走れ！」とつぶやくと、前を走っていた7台の自転車がいっせいに車道に飛び出していった。中に、おじいさんが運転していた自転車まであった。あのときの妻の驚きようといったらなかった。</p>
<p class="bodytxt">　実は私のそばにやたらと烏が集まってくる。犬や猫も真っ黒なやつがやたらと私になつく。我が家の電化製品は私が触ると片っ端から壊れる。時折自分は悪魔の子なのかと思うこともある。ただ心は天使。だから怖がらないでね、って何を言っているんだ志らく！</p>
<p class="bodytxt">　頭がおかしい。まあ、談志から「あと10年で志らくは談志同様に狂う」と言われたのだからこの程度の妄想は序の口。数年前、チャップリンが私の枕元に立ち、「しばらく君の身体に入るよ」と言ってきたことがあった。それ以来、チャップリンに似ていると人に言われる。</p>
<p class="bodytxt">　歌手の森口博子さんが一度もチャップリンの映画を見たことがないと言っていたので、「ならば『街の灯』をご覧」と勧めた。するとそれを見た彼女が最初に言った言葉が「チャップリンと志らくさん、表情が似ているというか同じ。『街の灯』を見ている間、チャップリンが志らくさんに見えて仕方がなかった」。</p>
<p class="bodytxt">　私が座長をつとめる劇団で『あ・うん』の芝居をしたときも、かなりの客に「志らくがチャップリンに見えた」と言われた。妄想は終わり。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/shiraku/1.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">立川志らくの怒らないでください。</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 20 Jul 2010 11:51:04 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「論理」と「心理」のギャップ</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">サッカーのワールドカップが終わりました。予選リーグを見事に突破してベスト16に入った日本代表は、暗いニュースばかりの日本全体を勇気づける素晴らしい活躍でした。でもよく考えると、あの前哨戦4連敗後の日本代表への風当たりの厳しさはどこへ行ってしまったんでしょうか。世論というものもまったく移り気なものだと思います。</p>
<p class="bodytxt">またその逆なのが、内閣支持率です。ここ数年の日本は、世界でも類を見ないリーダ交代の頻度の高さを誇って（？）います。そして、新しいリーダーの誕生とともに支持率が一気に上がり、交代直前の政権末期には驚くほどにこれが低下する&hellip;&hellip;という傾向は、どの内閣にも見られます。</p>
<p class="bodytxt">しかし、内閣や総理大臣のパフォーマンスは、そんなに短期間で落ち込むものなのでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">どうもこういった傾向を見ていると、何らかの対象に対する人間の心理は、実態以上に「ぶれ」が大きいもののように思えます。何であれ、対象の側はそんなに劇的には変化していないはずなのに、ちょっとした印象次第で、<strong>いいときには実態以上によく見え、悪いときには実態以上に悪いほうに振れてしまう傾向</strong>があるのは間違いないでしょう。</p>
<p class="bodytxt">これを図式化して見てみましょう。図1を見てください。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100715-1.gif" alt="illust20100715-1.gif" width="355" height="217" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「実態」の部分を実線で、それを見ている人の「印象」を点線で示しています。これらの間には常にギャップが存在し、それは<strong>「あまりぶれない実態」に対して「激しくぶれる印象」</strong>という構図から生まれています。</p>
<p class="bodytxt">これを言い換えると、<strong>「実態」は「論理の世界」、「印象」は「心理の世界」という、「論理と心理のギャップの構図」</strong>と見ることができるでしょう。</p>
<p class="bodytxt">このことが、本連載でここまで話してきた「象」や「フィルター」の話とどういう関係があるのか、お気づきでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「象」はここでいう「実態」、つまり論理的な対象を象徴するものであり、「フィルター」が「印象」、つまり心理を象徴するものだったのです。別の見方をすれば、<strong>コミュニケーションギャップの根本原因の一つは「実態と印象のギャップ」あるいは「論理と心理のギャップ」である</strong>ということなのです。</p>
<p class="bodytxt">論理と心理との間には常に大きなギャップがあるにもかかわらず、人というのはこれになかなか気づきません。それは無意識のうちに、自分は常に論理的（あるいは合理的）に行動しているような大いなる錯覚に陥っているからです。</p>
<p class="bodytxt">ここで図2を見てください。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100715-2.gif" alt="illust20100715-2.gif" width="304" height="187" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">私たちは無意識のうちに、論理的に正しいことは自分の中でも正しいと判断していると思い、逆に、正しくないことは自分でも正しくないと判断していると錯覚していますが、実は、論理的には正しいことを心理的なフィルターで正しくないと思い込んでいたり、また逆も真であるというわけです。</p>
<p class="bodytxt">ここでいう「思い込み」というエリアがコミュニケーションギャップの温床であり、またビジネスでいう「商売のネタ」も常にこういう領域に存在します。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これは例えば、連載の第11回で取り上げた「価格」の話があてはまります。</p>
<p class="bodytxt">ビジネスの（粗）利益は、単純化すれば「売価－原価」ですが、「原価」はものの積み上げですから「論理的」に決まる一方、売価は心理的に決まるものです。</p>
<p class="bodytxt">つまり、「作るのに手間や材料費がかかるもの＝高いもの」というのが「論理的に」導いた売価になるわけですが、「顧客が知覚する価値＝価格」は多分に心理的に決まります。</p>
<p class="bodytxt">したがって、このギャップを発見することができればここにビジネスチャンスがあるというわけです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">こうしたギャップの構図は、ほかにもさまざまな形で存在しています。例えば「事実」とその「解釈」という関係です。一つの事実に対しての解釈にも常にギャップが存在し、<strong>「ぶれるはずのない事実」に対して、解釈は「大きくぶれ」ます</strong>。</p>
<p class="bodytxt">これは「時間的なぶれ」というよりも、「人によるぶれ」が大きくなり、これがコミュニケーションギャップを生むことにもなります。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">また「自分自身」という対象物を見る場合の、「自分の主観的な目」と「他人の客観的な目」の違いも、この構図に当てはまるでしょう。これはまさに先述の「論理」と「心理」の違いで説明することができます。</p>
<p class="bodytxt">自分を見る自分自身の目というのは、「心理」以外の何ものでもありません。「こう見えているはずだ」とか「こう見えて欲しい」という心理が大きく働くはずだからです。</p>
<p class="bodytxt">これに対して<strong>他人からは、冷酷かつ論理的に見えている</strong>はずであり、ここにも認識の大きなギャップが存在することになるでしょう。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-97.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 15 Jul 2010 20:13:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>暑くてだらりん</title>
            <description><![CDATA[<div style="text-align:center;">
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「こう暑い日がつづくと&hellip;&hellip;」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070701.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070701-thumb-300x400-2481.jpg" alt="10070701.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt">吉太郎「すぴー、すぴー&hellip;&hellip;」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「当然、こうなりますわな」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070702.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070702-thumb-300x225-2483.jpg" alt="10070702.jpg" width="300" height="225" /></a></span>
<p class="bodytxt">吉太郎「ぐ～、ぐ～、ぐ～」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「おや？　親分、耳のあたりに傷が増えたような」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070703.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070703-thumb-300x400-2485.jpg" alt="10070703.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt">吉太郎「こっくり、こっくり&hellip;&hellip;」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">おかみさん「おでこや首にもね」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070704.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070704-thumb-300x225-2487.jpg" alt="10070704.jpg" width="300" height="225" /></a></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">吉太郎「毎度ながら、暑くって、おまけにうるせえとくりゃ、<br />寝てらんねえな」</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070705.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070705-thumb-300x400-2489.jpg" alt="10070705.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt">吉太郎「あ～あ、避暑地とやらでゆっくりしてえな」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">おかみさん「あら、私も連れてってね」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/10070706.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/10070706-thumb-300x400-2491.jpg" alt="10070706.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">吉太郎「すぴー、すぴー」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">おかみさん「寝てられてるじゃないかねえ。」</span></p>
</div>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/kichitarou/post-96.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">吉太郎の傷だらけの人生</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 20:20:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「ギャップに気づく」ことの難しさ</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">前回は、聞き手が「話が長い」と感じるのは、「象の全体像」を話し手と聞き手が共有していないことが原因であるというお話をしました。</p>
<p class="bodytxt">今回はその応用として、<strong>人はどうして無意識のうちに全体像を共有しないで話を始めてしまうのか</strong>、ということについて解説したいと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">まずはこんなケースを考えてみてください。ここに異なる国出身のAさんとBさんがいます。仮にAさんの出身をX国、Bさんの出身国をY国としておきます。2人から順番に母国の国土の概要について説明してもらうという場面を想定します。</p>
<p class="bodytxt">X国、Y国とも南北に縦に長い国なので、北の方から順番に何ページかの資料を使って説明することになりました。まずはAさんが説明を始めます。1枚目の資料ページ（図1）を見てください。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100704-1.gif" alt="illust20100704-1.gif" width="166" height="136" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これがAさんの出身のX国の一番北のエリアの地図です。さて皆さん、X国がどちらかおわかりでしょうか？</p>
<p class="bodytxt">そうですね、皆さんはすぐにわかったでしょう。これは「北海道」ですから、X国は「日本」ということになります。</p>
<p class="bodytxt">これがわかった皆さんには、Aさんの話の次の展開がほぼ読めたはずです。北海道から始まったということは、次に東北の話が来て、以下、関東&rarr;中部&rarr;関西&rarr;&hellip;&hellip;というふうに、恐らく10弱の場面の説明が続くということが（Aさんが何も言わなくても）容易に想像できるでしょう。</p>
<p class="bodytxt">これはなぜでしょうか？　それは、北海道の絵を見たとたんに普通の日本人であれば、暗黙のうちに図2のような絵が頭の中に共有できているからです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100704-2.gif" alt="illust20100704-2.gif" width="295" height="222" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">つまり、Aさんが「象の鼻」の話をはじめたときに、「ああ、あの象ね」と聞き手が瞬時に理解して、象の全体を思い浮かべてしまっているのです。</p>
<p class="bodytxt">この場合のコミュニケーションギャップはきわめて小さくなりますから、Aさんが補足説明をせずに2ページ目、3ページ目と話を続けても聞き手はストレスを感じることなく、内容についての誤解も少なく、さらに言えば「話が長い」と感じる可能性も少ないでしょう。</p>
<p class="bodytxt">では次にBさんの番です。Bさんは自分のY国の説明を下の図3から始めました。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100704-3.gif" alt="illust20100704-3.gif" width="149" height="136" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">さて、Y国とはどこでしょうか？　この図だけでわかる人は恐らく100人に1人もいないでしょう。</p>
<p class="bodytxt">つまり、Bさんが補足説明をせずに話を続けていけば、一体これはどこの国かもわからないし、この後の話がどういう展開になるのか（これは国土のどれだけの割合を占める部分なのか、あるいは、一つの島なのかどうか、など）はまったくわからずに聞き手はストレスを感じ始めることでしょう。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">今回の例にかぎらず、<strong>日常でのなにげない話の中には、話し手と聞き手が「全体像」を共有できている話とまったくできていない話が混在</strong>しています。</p>
<p class="bodytxt">コミュニケーションギャップは、<strong>話し手が無意識に持っている話の全体像の「残り」（図2の日本地図の点線の部分）が聞き手と共有できていない場面において発生</strong>します。</p>
<p class="bodytxt">Bさんの国の全体像と、その中での「１枚目」の部分との関係を示しておきましょう（図4）。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100704-4.gif" alt="illust20100704-4.gif" width="264" height="240" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">ここまで示せばY国がどこか、おわかりの方もいるでしょう。非常に縦長の地形から、Y国はチリと判断できます。</p>
<p class="bodytxt">図3の情報だけでは、チリの人たちでもすぐにはわからなかったかもしれませんが、例えばこれがチリの地形をよく知る人の間であれば、1枚目の図がまさに「氷山の一角」であることが共有できて、このあとは恐らくこの20倍の話が続く、ということが想定できたかと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">今回の比較はかなり極端な状況を想定してのものでしたが、ここでの「国の違い」を「業界の違い」に置き換えて考えてみましょう。</p>
<p class="bodytxt"><strong>同じ業界内であればまったく当然と思っているような「暗黙の了解」が自分の意識していないところでかなりあって、それはまったく異なる業界の人と話しているときにはコミュニケーションギャップの原因になっていると</strong>いうことです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">さらに厄介なのは、「地図」のような事例では、「全体像を共有できていない」ということに気づくのは簡単ですが、そうでない「形として見えないもの」の話をしている場合には、「全体像を共有できていない」ということ自体にも気づかずに話が進展してしまうことが少なくありません。</p>
<p class="bodytxt">つまり、ここで重要なのは、<strong>「ギャップそのものに気づくことが難しい」</strong>という点です。したがって私たちは日常、このメカニズムには必要以上に気をつけておく必要があると思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">特に日本人というのは単一性が高くて多様性の低い民族であるがゆえに、自分の思考回路が他者と大部分共有できているという思い込みが、多様な価値観に触れている他国の人に比べると強い可能性があります。特に<strong>グローバルでのコミュニケーションにおいては、注意する必要がある</strong>のではないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">あるいは、<strong>いつも同じような人たちと付き合っている、あるいは転職もせずに一つの職場でずっと働いている人も注意が必要</strong>です。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">「あうんの呼吸」でのコミュニケーションは、できるに越したことはないですが、コミュニケーションギャップを考える上では決して前提にしてはいけないということです。むしろ、そのようなコミュニケーションはできないと想定して、<strong>頭の中に共通の白地図を描くことを意識すべき</strong>だと思います。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-95.html</link>
            <guid>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-95.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 05 Jul 2010 18:13:42 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「お金もうけ」の不変の真理がわかる『私の財産告白』</title>
            <description><![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/12_honda.jpg"><img class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/07/12_honda-thumb-200x150-2469.jpg" alt="12_honda.jpg" width="200" height="150" /></a></span>
<p class="bodytxt">東京は渋谷区の明治神宮に行ったことがある人は、周囲に森があることもご存知だろう。<br />何百年も前からありそうな、荘厳な森だ。<br />実は、あの森は、つい100年ほど前につくられた人工林なのである。</p>
<p class="bodytxt">人工林といえば、杉や檜などをイメージする人が多いかもしれない。<br />事実、これらの針葉樹は、戦後の植林政策によって大量に植えられたものだ。しかし、近年、人工林は、山の生態系を脆弱にし、災害に対しても弱くなる、といった弊害があることが分かってきた。<br />また、現代人を悩ます花粉症は、人工林の弊害の典型的な例である。</p>
<p class="bodytxt">そこで、さまざまな種類の木を植えて自然林に近い森をつくろう、という運動が出てきたのだが、明治神宮の周囲の森は、その「人工的な自然林」のお手本として、近年注目されているのだ。</p>
<p class="bodytxt">神宮が建てられたのは、大正時代のこと。崩御した明治天皇を祀るためである。<br />政治家や学者たちによる議論の末、今の原宿のあたりに建てることに決まったのだが、そのさい、大隈重信が、日光東照宮や伊勢神宮のように、立派で荘厳な森のある神社を作ろうと提案した。</p>
<p class="bodytxt">しかし、ここで一つ問題があった。<br />この場所は、そばに「陸蒸気」（おかじょうき・汽車のこと）が走っており、普通に植林した人工林では、その煙を受けて枯れてしまい、いずれ森が消滅してしてしまう危険があったのである。</p>
<p class="bodytxt">天皇を祀る明治神宮がそれでは非常にまずい。<br />そこで、一流の学者たちを集め、「末代まで永遠に残る森を作る」という壮大な計画が立案された。<br />自然林を人工的につくろうというのである。<br />日本中からさまざまな種類の木を集めて、しかもその区画のなかに絶対に人を入れないようにした。今でも明治神宮の森は、人が入ってはいけないし、そこの落ち葉ひとつ取ってもダメということになっているが、これは作られた当初からのことなのである。</p>
<p class="bodytxt">そして、さらに驚くべきことは、この森は、２００年かけて完成させるように計画されていた、ということだ。<br />２００年の間に、さまざまな木が、成長し、枯れて、また芽を出していく。そしてだんだんと淘汰され、森全体が適応して、恒久的に続くサイクルを持つ自然林となる。そのように、当時から予測されていたのだ。</p>
<p class="bodytxt">このような今の時代を先取りしたとも言える計画を、明治・大正の人間が考え、実行したというのは、すごいことだ。<br />今、１００年ほど経ち、当初の２００年の予定よりも早く自然林に近い状態になっているそうだ。この明治・大正時代の計画は、成功しつつあるのだ。</p>
<p class="bodytxt">さて、この壮大な計画を立案した学者のひとりが、今回ご紹介する本の著者である本多静六である。<br />今の若い人はほとんど知らないのではないかと思うが、本多静六は「知る人ぞ知る」、投資の神様のような人だ。<br />一流の学者であると同時に、「お金もうけの天才」だったのである。</p>
<p class="bodytxt">昨年、『大手町は、なぜ金曜に雨が降るのか』というビジネスについて書いた本を出した影響か、人から「お金をもうける方法を教えて」とか「どうやったらお金が貯まるの？」などと聞かれることがあるが、そのときは、私はいつもこの『私の財産報告』という本をタネに話をすることにしている。<br />この本は、１９５０年に出版された本の復刻版で、５年ほど前にたまたま本屋で見かけて買ったものだが、復刻されるだけあって、時代を問わないおもしろさがある。</p>
<p class="bodytxt">一番インパクトがあったのは、本多静六が実践していた「四分の一財産法」という貯蓄法である。この方法を忠実に実行すれば、確かに、金持ちになれるだろう。</p>
<p class="bodytxt">やり方はきわめて単純だ。<br />どんな場合でも、収入があったら、その４分の１をそのまま自動的に貯金にまわす。<br />どんなに苦しくても、収入が月10万円しかなくても、2万5000円は絶対に貯金するのである。<br />４分の１くらいだったら、どんなことがあっても、なんとかなる。もともと、ないものとして考えればいいのだ。</p>
<p class="bodytxt">本多静六は、そうやって貯めた金で、不動産を買うなど投資をし、資産を増やしていった。<br />それが可能なだけの「先見の明」もあったのだ。それでお金がどんどん増やし、巨万の富を得るまでになった。<br />そして、得た巨万の富をどうしたかというと、ほとんど寄付や慈善事業に投じてしまった。<br />日本版カーネギーみたいな人物である。</p>
<p class="bodytxt">「四分の一法」という、行（ぎょう）のような倹約法を実行していたことからもわかるように、本多静六という人は非常に実直で、自分に厳しい生き方をしていた。</p>
<p class="bodytxt">「四十までは勤倹貯蓄、生活安定の基礎を築き、六十までは専心求学、七十まではお礼奉公、七十からは山紫水明の温泉郷で晴耕雨読の楽居」というのが、本多静六の人生計画である。<br />また、この人は文章家でもあり、1日にある一定の分量の文章を書く、と言うことを決めて実行していたそうだ。</p>
<p class="bodytxt">すばらしく魅力的な生き方である。<br />これに従えば、60歳になりたての私は、これから「お礼奉公の時代」ということだろうか。<br />私の気分としては、まだまだ専心求学の時代なのだが。<br />70歳くらいまではそれなりにがんばって、それ以降は今まで得たものを書き残しつつ、晴耕雨読、というのも悪くないかもしれない。</p>
<div class="impression">
<h3>今回の乱読で得たこと</h3>
<p class="bodytxt">どんなことでも、シンプルな方法が一番いい</p>
</div>

<p class="bodytxt"><strong>＜今回の本＞</strong><a href="http://www.amazon.co.jp/dp/440839582X">本多静六・著『私の財産告白』（実業之日本社）</a></p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/morita/post-94.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">森田正光の乱読日記</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 10:43:55 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>「話が長い」と感じるメカニズム</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">皆さんの周りにも「話が長い」人がいるでしょう。この「話が長い」と感じるのはどういう場合なのか、それがどういうメカニズムで起こっているのか、そして皆さんがそうならないためにはどういうことを心がければよいのかについて、解説したいと思います。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">まずは、<strong>どういうときに「話が長い」と感じるか</strong>について考えてみましょう。</p>
<p class="bodytxt">当たり前の話ですが、話が長いかどうかは絶対的な時間の長さとはほとんど関係がありません。5分でも長いと思う話もあれば、2時間でも短いと思うこともあるからです。ではその原因は何なのか、皆さんが最近感じた「話が長い」場面を頭に思い浮かべてみてください。</p>
<p class="bodytxt">「長い」と感じる話には、大きく3つのパターンが考えられるのではないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">一つめは<strong>話の「内容」</strong>です。</p>
<p class="bodytxt">面白く要領を得た内容の話を「長い」と感じることはあまりないでしょう。逆に内容に関心がもてないとか、つまらない、あるいは要領を得ないまわりくどい話を「長い」と感じるはずです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">そして2つめの要素は、<strong>「長さの期待値」との相対的関係</strong>です。</p>
<p class="bodytxt">同じ10分の話でも、もともと20分だと思っていた話であれば「短い」と思うでしょうし、5分と想定していた話であれば「長い」と感じることでしょう。</p>
<p class="bodytxt">例えば、「結婚式のスピーチ」と言えば大抵の人は「5～10分が相場」という暗黙の期待値がありますから、そこで30分話せば（よほど話が面白くない限り）「話が長い」という感想を持たれることでしょう。「決められた時間を大幅にオーバーして話す」というのも同じ現象です。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">そして最後の3つめ、これが本テーマの「象」の話に関連してきます。例えば誰かに「週末どうだった？」という質問をしたときの相手の回答が、「土曜日は6時に起きてね、着替えてから朝ごはんを食べようと思ったんだけどパンがないのに気づいてね、それでコンビニに言って食パンを買って来たの。それからTVを見ながら朝食を取ってね&hellip;&hellip;」と続いたら、間違いなくあなたは「いったいこの話はどこまで続いて、いつ終わるんだろう？」と感じるに違いありません。</p>
<p class="bodytxt">この<strong>「いつ終わるんだろう？」型の話</strong>が「話が長い」と感じられる3つめの原因です。</p>
<p class="bodytxt">これは何が原因で起きるのかと言えば、<strong>「はじめに話の全体像が提示されていない」</strong>ことが原です。もちろん話し手の頭の中では全体像はあるわけですが、それは聞き手のほうにはまったく伝わっておらず、表に出てきた会話の部分しか見えていないので、「一体これはどこまで続くんだろう&hellip;&hellip;」というふうに感じてしまうわけです。</p>
<p class="bodytxt">先ほどの例で言えば、「土曜日に伊豆に日帰りドライブに行ったんだけど、出掛けにトラブっちゃって大変だったよ」という「全体像」を示せば、相手もきっと興味を示して「なになに？　どうしたの？」ということになるでしょう。その後で先ほどの話が始まれば、まったく同じ話でも「何気ない日常からどんなトラブルが起こったんだろう？」というふうに聞く側の準備ができるので、興味を持って聞いてもらえるはずです。そうすれば「話が長い」とは感じられはしないでしょう。</p>
<p class="bodytxt">以上の話を例によって「象」の話に置き換えてみます。図１を見てください。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span enctype="application/x-www-form-urlencoded" method="get" class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100621.gif" alt="illust20100621.gif" width="564" height="407" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">図の上半分が、<strong>はじめに会話の全体像が共有されないままスタート</strong>した場合の、話し手と聞き手の頭の中を示しています。</p>
<p class="bodytxt">話し手のほうは（当たり前ですが）自分が話そうとすることの全体像を把握した上で話を始めますから、大体全体がどのぐらいの大きさでどういう格好をしていてて&hellip;&hellip;ということを理解して話しています。しかし、その話を初めて聞く聞き手側は、そこまで聞いた情報しかありませんから、一体その話はどういう位置づけのものなのか、どこまで話が続くのか、といったことがまったくわからずにいら立ってしまうことになります。</p>
<p class="bodytxt">逆に図の下半分は、<strong>はじめに全体像を共有した</strong>会話です。全体像を聞き手の頭の中に置くことによって、聞き手は「いまどこのあたりの話をしているのか」あるいは「これから話がどういうふうに展開していくだろうか」ということが、おぼろげながら理解できるようになるのです。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">ここまで「話のはじめに全体像を共有する」というお話をしましたが、これをやらなくてもよい、あるいはやるべきではない場合もあります。それは、「いい意味でのサプライズ」を起こしたい場合です。あえて全体像を共有しないことで、相手が勝手に常識的に想像しはじめた「全体像」をぶちこわし、まったく違うものを出すというのがこの作戦です。</p>
<p class="bodytxt">ただし、これはあくまでも「いい方向への」サプライズにできるとわかっている場合、あるいは話術が巧みな人の高等テクニックです。普通の人が普通に話すときには「まず全体像」のアプローチのほうが有効な場面がほとんどでしょう。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-93.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 21 Jun 2010 08:16:50 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>親分の憑き物</title>
            <description><![CDATA[<div style="text-align:center;">
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「ちっとも親分に会えねぇと嘆いていたら、<br /> 『サカリがついちゃって、ちっとも帰ってこないのよ』と、<br />おかみさんも嘆いていた」</span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061601.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061601-thumb-300x400-2445.jpg" alt="061601.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「えっ、オレになんか憑いてるのか？」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「おおっ、穴の向こうに見えるは親分！<br /> そんなとこに隠れてないで、こっちに出てきて<br /> おくんなせぇ」</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061602.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061602-thumb-300x400-2447.jpg" alt="061602.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「何が憑いてるんだ？　えっ？」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「親分がこちらにいらしていただければ、<br />アッシが憑き物をおとりいたしやす」</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061603.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061603-thumb-300x400-2449.jpg" alt="061603.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「オレは、こちらより、あちらに行く」<br />アッシ「親分、吉太郎親分～」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「くそ!　先回りじゃ。親分のやり口は<br />合点承知なんでぇ。<br /> おっ、ほらね、来た来た」</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061604.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061604-thumb-300x400-2451.jpg" alt="061604.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「しょげねえな。少しだけサービスしてやるか。<br /> コロンりんっとね」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">アッシ「ほんとに、少しですね。<br />さっさと行っちゃうんですね」</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061605.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061605-thumb-300x400-2453.jpg" alt="061605.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt">とことことこ&hellip;&hellip;</p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061606.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061606-thumb-300x400-2455.jpg" alt="061606.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><br />ふふふんふん&hellip;&hellip;</p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061607.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061607-thumb-300x400-2457.jpg" alt="061607.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p class="bodytxt">すったこらさっさ&hellip;&hellip;</p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061608.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061608-thumb-300x315-2459.jpg" alt="061608.jpg" width="300" height="315" /></a></span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「今、帰ったよ」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">おかみさん「あら、お早いお帰りで」</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061609.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061609-thumb-300x400-2461.jpg" alt="061609.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「なんか、疲れたな～」</p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061610.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061610-thumb-300x400-2463.jpg" alt="061610.jpg" width="300" height="400" /></a></span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「オレに、なんか憑いてるらしい」</p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><span style="line-height: normal; font-size: 16px;"><a class="bodytxt" rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/061611.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/061611-thumb-300x225-2465.jpg" alt="061611.jpg" width="300" height="225" /></a></span></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「ねえ、憑いてるンだってば～」</p>
<p class="bodytxt"><span style="color: #888888;">おかみさん｢はいはい、それはそれは、ようござんした｣</span></p>
<p><span class="bodytxt"> </span></p>
<p class="bodytxt"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/image024.jpg" alt="image024.jpg" width="277" height="372" /></p>
<p class="bodytxt">吉太郎「あ～あ、奥で一寝入りするか」</p>
</div>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/kichitarou/post-92.html</link>
            <guid>http://special.gotoshoin.com/kichitarou/post-92.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">吉太郎の傷だらけの人生</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 18 Jun 2010 08:06:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>なぜ専門家は「視野が狭い」のか</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt">この連載の第8回で「プロが持つ『違いがわかる』フィルター」というお話をしましたが、今回は、<strong>あまりに違いが見えすぎるのも問題である</strong>、というお話をしたいと思います。</p>
<p class="bodytxt">皆さんにはこんな経験がないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">新しい分野の勉強を始めた、あるいは新しい職場についたとします。あなたはその領域における大まかな「土地勘」をつかもうと、その領域をよく知っている「その道何十年」という専門家にその分野でよく使われる用語や基本的概念に関して質問したとします。</p>
<p class="bodytxt">「○○について簡単に教えてもらえませんか？」</p>
<p class="bodytxt">「○○」は、「電子書籍」でも「新興国経済」でも｢電気自動車｣でも、何でもかまいません。</p>
<p class="bodytxt">こういう場面で非常にありがちな「その道の専門家」からの反応というのが、</p>
<p class="bodytxt">「よくいるんだよね、そういう質問する素人の人。一言で○○って言ってもいろいろな種類があって、きちんと定義をしないでどうこう言ってもまったく意味がないんだよね。どこからどこまでの話をすればいいのかなあ&hellip;&hellip;」</p>
<p class="bodytxt">というものです。</p>
<p class="bodytxt">そもそも聞いている方は、まったくその言葉を知らないから聞いているのに、そういう言われ方をしたのでは何の解決策にもなっていません。</p>
<p class="bodytxt">確かに「専門家」の言い分ももっともです。よく知らない人は、異なることを「十把（じっぱ）ひとからげ」にして乱暴な議論を展開する。そういう状況は「専門家」としては許しがたい状況でしょう。</p>
<p class="bodytxt">ただ、そうだからといって上記のような反応をしていては、ますますそうした傾向に拍車がかかり、問題は解決するどころかよからぬ方向に向かってしまうのは間違いないでしょう。</p>
<p class="bodytxt">はたしてこれは、どういうメカニズムで起こっているのでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">図1を見て下さい。<strong>「素人」は、当該分野のことをよく知らない分、遠くから物事を見ることができる</strong>ので、ごくごく大雑把に「○○ってどんなものなんだろう？」という素朴な疑問を持ちます（図1上側）。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100605-1.gif" alt="illust20100605-1.gif" width="454" height="303" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">これに対して<strong>「専門家」は、日々、あるいは何十年にもわたってある領域のことだけしか見ていませんから、対象となるものをごくごく近くで見ていて、かつ、ある一定の枠内しか見えていないために、非常に詳細までがよく見えている</strong>ことになります（図1下側）。</p>
<p class="bodytxt">もちろん「専門家」である以上、当該領域の詳細に精通しているのは当然のことですが、往々にしてこの<strong>「視点の狭さと近さ」が領域外の人とのコミュニケーションギャップを招いて</strong>しまいます。</p>
<p class="bodytxt">専門外の素人と話すには、一度思い切り引いて全体像を俯瞰（ふかん）し、そもそも自分の専門領域とはどういう位置づけのものなのか、そこを改めて認識してから話をしない限り、このギャップを埋めることは難しいでしょう。</p>
<p class="bodytxt">以上の話を例によって「象」の話に置き換えてみましょう。図2を見てください。</p>
<p class="bodytxt">&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100605-2.gif" alt="illust20100605-2.gif" width="544" height="449" /></span>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p class="bodytxt">ここまで述べた構図は、<strong>自分が「素人」の立場にたった場合の「専門家の視野の狭さ」としては気づきますが、自分が「専門家」の側に立ってしまう場面では、なかなか気づくことが難しい</strong>のではないでしょうか。</p>
<p class="bodytxt">確かに「専門家の枠」の中の違いを明確にするために言葉の定義をするのも重要ですが、まずは「全体像」の中での「専門家の枠」の位置づけを明確に共有するのが先決だと思います。そうしてから初めて「枠の中」の議論が意味を持ち、素人にもわかりやすく腑（ふ）に落ちて理解できるのではないかと思います。</p>
<p class="bodytxt">ここでもやはり「象の全体」を意識して、自分がどこを見ているのか、相手はどこを見ているのかを明確にすることが重要になってくると思います。</p>
<div id="_mcePaste" style="position: absolute; left: -10000px; top: 0px; width: 1px; height: 1px; overflow: hidden;">この連載の第8回で「プロが持つ『違いがわかる』フィルター」というお話をしましたが、今回は、&lt;B&gt;あまりに違いが見えすぎるのも問題である&lt;/B&gt;、というお話をしたいと思います。<br /> <br /> 皆さんにはこんな経験がないでしょうか。<br /> 新しい分野の勉強を始めた、あるいは新しい職場についたとします。あなたはその領域における大まかな「土地勘」をつかもうと、その領域をよく知っている「その道何十年」という専門家にその分野でよく使われる用語や基本的概念に関して質問したとします。<br /> <br /> 「○○について簡単に教えてもらえませんか？」<br /> <br /> 「○○」は、「電子書籍」でも「新興国経済」でも｢電気自動車｣でも、何でもかまいません。<br /> こういう場面で非常にありがちな「その道の専門家」からの反応というのが、<br /> <br /> 「よくいるんだよね、そういう質問する素人の人。一言で○○って言ってもいろいろな種類があって、きちんと定義をしないでどうこう言ってもまったく意味がないんだよね。どこからどこまでの話をすればいいのかなあ&hellip;&hellip;」<br /> <br /> というものです。<br /> そもそも聞いている方は、まったくその言葉を知らないから聞いているのに、そういう言われ方をしたのでは何の解決策にもなっていません。<br /> <br /> 確かに「専門家」の言い分ももっともです。よく知らない人は、異なることを「十把（じっぱ）ひとからげ」にして乱暴な議論を展開する。そういう状況は「専門家」としては許しがたい状況でしょう。<br /> ただ、そうだからといって上記のような反応をしていては、ますますそうした傾向に拍車がかかり、問題は解決するどころかよからぬ方向に向かってしまうのは間違いないでしょう。<br /> <br /> はたしてこれは、どういうメカニズムで起こっているのでしょうか。<br /> 図1を見て下さい。&lt;B&gt;「素人」は、当該分野のことをよく知らない分、遠くから物事を見ることができる&lt;/B&gt;ので、ごくごく大雑把に「○○ってどんなものなんだろう？」という素朴な疑問を持ちます（図1上側）。<br /> これに対して&lt;B&gt;「専門家」は、日々、あるいは何十年にもわたってある領域のことだけしか見ていませんから、対象となるものをごくごく近くで見ていて、かつ、ある一定の枠内しか見えていないために、非常に詳細までがよく見えている&lt;/B&gt;ことになります（図1下側）。<br /> もちろん「専門家」である以上、当該領域の詳細に精通しているのは当然のことですが、往々にしてこの&lt;B&gt;「視点の狭さと近さ」が領域外の人とのコミュニケーションギャップを招いて&lt;/B&gt;しまいます。<br /> 専門外の素人と話すには、一度思い切り引いて全体像を俯瞰（ふかん）し、そもそも自分の専門領域とはどういう位置づけのものなのか、そこを改めて認識してから話をしない限り、このギャップを埋めることは難しいでしょう。<br /> 以上の話を例によって「象」の話に置き換えてみましょう。図2を見てください。<br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> <br /> ここまで述べた構図は、&lt;B&gt;自分が「素人」の立場にたった場合の「専門家の視野の狭さ」としては気づきますが、自分が「専門家」の側に立ってしまう場面では、なかなか気づくことが難しい&lt;/B&gt;のではないでしょうか。<br /> 確かに「専門家の枠」の中の違いを明確にするために言葉の定義をするのも重要ですが、まずは「全体像」の中での「専門家の枠」の位置づけを明確に共有するのが先決だと思います。そうしてから初めて「枠の中」の議論が意味を持ち、素人にもわかりやすく腑（ふ）に落ちて理解できるのではないかと思います。<br /> ここでもやはり「象の全体」を意識して、自分がどこを見ているのか、相手はどこを見ているのかを明確にすることが重要になってくると思います。</div>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-91.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 05 Jun 2010 14:24:57 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>すっかり夜もふけて......</title>
            <description><![CDATA[<div style="text-align:center;">
<p class="bodytxt">アッシ「親分、もうすっかり<br />夜もふけましたぜ」</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060101.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060101-thumb-300x400-2422.jpg" alt="060101.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉太郎「まぁな」</span></p>
<p class="bodytxt">アッシ「もう、帰ったほうが&hellip;&hellip;<br />おかみさんも待ってますよ」</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060102.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060102-thumb-300x400-2424.jpg" alt="060102.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉太郎「寝ちゃってるね。<br />待ってたためしがねぇ」</span></p>
<p class="bodytxt">アッシ「また、そんなこと言ってぇ。<br />こないだ、おかみさん外で待ってましたよ」</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060103.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060103-thumb-300x400-2426.jpg" alt="060103.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉太郎「そうかい。しかたねぇな、帰るか」</span></p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060104.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060104-thumb-300x400-2428.jpg" alt="060104.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉太郎「ほんじゃあな」</span></p>
<p class="bodytxt">アッシ「えっ、やっぱりそこが夜の出入り口<br />だったんっすね｣</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060105.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060105-thumb-300x400-2430.jpg" alt="060105.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉次郎「じ～」</span></p>
<p class="bodytxt">アッシ「おっと、親分の実の弟分の！！！」</p>
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a rel="shadowbox" href="http://special.gotoshoin.com/images/060106.jpg"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/assets_c/2010/06/060106-thumb-300x400-2432.jpg" alt="060106.jpg" width="300" height="400" /></a></span>
<p class="bodytxt"><span style="color: #000000;">吉次郎「ぼくも、帰ろっと」</span></p>
<p class="bodytxt">アッシ「やっぱり、あそこが出入り口&hellip;&hellip;」</p>
</div>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/kichitarou/post-90.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">吉太郎の傷だらけの人生</category>
            
            
            <pubDate>Wed, 02 Jun 2010 22:14:35 +0900</pubDate>
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            <title>大小が逆転するメカニズム</title>
            <description><![CDATA[<p class="bodytxt"><strong>私たちはつねに、固有の「フィルターの枠」と固有のスケール（ものさし）を組み合わせて、ものごとの判断・評価をします。</strong>今回は、その「スケール」（ものさし）についてお話ししたいと思います。スケールとは、言いかえれば「枠の大きさ」です。<br /> <br /> 私たちは、ものごとを評価するときには、何らかのスケールで判断を行います。例えば身長を測定するときには、まさに身長計のスケールによって○○cmという身長を知るわけです。<br /> 身長計のような、だれが見ても同じスケールを使って判断すれば、人による認識が異なる可能性はほとんどありません。ところが、私たちが日常コミュニケーションで用いるさまざまな判断は、すべてがこうした客観的な同一のスケール（判断基準）で行われるわけではないので、往々にしてコミュニケーション上のギャップが生じるのです。<br /> 図１を見てください。一つの事象を、異なる人間が見る場合、それぞれが持つ固有のフィルターを通して見ているため、認識の違いが生じます。そのメカニズムを示したものです。<br /> <br /> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100529-1.gif" alt="illust20100529-1.gif" width="507" height="410" /></span><br /> <br /> <br /> 具体例を見てみましょう。一番わかりやすいのは「金銭感覚」でしょう。<br /> 「懇親会費5000円」を安いと思うか高いと思うかは、その人がそれまでの育ちや経験から暗黙のうちに持っている「相場観」から判断することになりますが、この「相場観」というものが、ここでいうフィルターの枠の位置づけ（相対的な位置と大きさ）ということになります。<br /> あるいは似たようなものとしては、「時間感覚」も挙げられるでしょう。「時間感覚」は「金銭感覚」ほど日常生活で意識されていませんが、「時間」は複数の人の間で共有される場面がお金以上に多いため、さまざまな形でコミュニケーションギャップを引き起こしています。ところが実際には、「時間感覚」を意識していないがゆえに、これがコミュニケーションギャップの原因になっていることに気づかない場面が多いのです。<br /> 例えば、<strong>忙しい人は「時間感覚」が研ぎ澄まされているために、10分なら10分の価値をヒマな人以上に「大きい」と考えています。</strong>だから、同じような10分を過ごしても、一人は「貴重だった」と感じ、他方は「ムダだった」と感じてしまうようなことが起きるわけです。<br /> <br /> それでも、「お金」や「時間」については、「円」や「分」という絶対的な表現方法があるために、まだこのギャップに気づきやすい面があるかも知れません。じつは私たちの身の回りの判断基準のほとんどには、こうした絶対的な尺度が存在していません。例を挙げれば、「技術色が強い（弱い）」とか「センスが良い（悪い）」、あるいは「部屋が片付いている（いない）」などには絶対的な尺度がなく、人によってスケール（判断基準）がまったく異なります。<br /> <br /> ある人にとっての「大事（おおごと）」が、別の人にとっては「たいしたことではない」と思えるということがよくあります。往々にして、<strong>「本当のすごさ」を知らない（つまりスケールが下側に偏っている）人は、物事を大げさに言う傾向があります。</strong><br /> 例えば技術のことをよく知らない営業マンが商談で「めちゃくちゃ難しい話をしなければならない」と、社内の技術者に同行してもらったら、その技術者にとっては「入門書を斜め読みすればついていかれる程度の話だった」などということもあるでしょう。<br /> あるいは、普段きれいなオフィスで「きれいな仕事」ばかりしている人は、ほんの少し現場の仕事などをかじると、「いまの仕事って泥臭くてさあ&hellip;&hellip;」などと友人に愚痴ったりします。<br /> <br /> 本当に忙しい人は「忙しい」とは言わないし、本当に「大変な」仕事をしている人は「大変だ」とは言わないものです。<strong>何事も中途半端な人ほど、ちょっと大きなものに対して（その人にとってのメーターが振り切れてしまうので）大騒ぎする</strong>ような気がするのは、こうしたメカニズムのせいではないでしょうか。<br /> <br /> 以上の話を象の「鼻としっぽ」にあてはめて見れば、<strong>象のある部分を見たときに、人によって認識している「象の全体像」が違うがゆえに、その部分が「体のどこにあるのか」も異なった形で認識されてしまう</strong>ということになります（図2）。<br /> <br /> <span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img class="mt-image-none" src="http://special.gotoshoin.com/images/illust20100529-2.gif" alt="illust20100529-2.gif" width="516" height="234" /></span><br /> <br /> <br /> 象のどこをどういう尺度で見ているのか。コミュニケーションをうまく図るためには、まず、その認識を合わせなければなりません。</p>]]></description>
            <link>http://special.gotoshoin.com/hosoya/post-89.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">細谷功の象の鼻としっぽ</category>
            
            
            <pubDate>Fri, 28 May 2010 10:43:33 +0900</pubDate>
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